なんとなくサンネット日記

2010年12月4日

共に暮らしているということ

Filed under: つぶやき — toshio @ 6:07 PM
82年の文章

健常者へ

11月5日にふれた『ふれあいの会の会報』(1983年1月発行)には、私も「健常者として健常者へ…共に考えるために」という4500字の原稿を載せた。

原稿の趣旨は、障害者と健常者の両者を対立的にとらえる立場があるが、貧しい健常者と障害者が共に支え合ってきたという事実、現実にも目を向けたい、というものだ。

『会報』は和文タイプライターでつくった。

この頃、職場に和文タイプがあり、私も遊びでタイプライターを楽しんだ。職場や学校では、ガリ版、謄写版が使われ、手書き中心の時代だったから、機械文字がうれしかった。なぜ仕事に必要のない和文タイプライターが職場にあったのだろう。いまではその理由が思い出せない。

一字、一字、活字を拾っては打つ。文字を間違えたら、紙を機械からはずし、修正液で修正。データは印字された紙だけ。ワープロ時代が始まるずっと以前のことだった。

『会報』ができて、仲間に渡すとき「印刷会社で作製したもののようでしょう」と私は誇らしげだったし、仲間は出来栄えに感心し、読んでくれた。ここには手づくりの物と手づくりの関係があった。

ところが、いまやパソコンが普及したため、印刷のプロも、通常の事務員も、DTP(Desktop publishing)という「卓上出版」作業にかかわる。機械文字の資料や会報があふれ、手書きが珍しい。

早いスピードでたくさんの資料が作成され、プリントアウトされるものは少ない。ぺーパーレスでデータのままやり取り。受け手が自分に都合よく変更し、あやゆる部署でストックされている。

私も含め、誰もがずいぶん大きな社会的変化を生きてきたと思う。『会報』から「わずか」30年である。

当時、私は次のように書いている。

――たとえばこのような人から何かを学びたい。

精神障害者の兄をかかえ、一家を支えるために東北の寒村で百姓を続けたため、結婚の機会すら逃してしまった男の節くれ立った掌の感触を知りたい。

ボケてしまった父親のために、日雇い仕事に行けず、一晩に何十回ともなく父を便所に連れて行かねばならない息子の、背中の温かさを知りたい。

重度の身体障害者で知恵遅れもある大柄の息子を、毎日車イスに乗せて、近くの踏み切りまで電車を見せに行く、老夫婦の身体の痛みを知りたい――

私がこの年(82年)に出会った人々である。

地域、家族関係、福祉制度が大きく変わった現在、このような人々は「救われている」はずだ。障害福祉サービス、高齢者のデイケア、ショートスティなどが役に立っている。

彼らのような生身の、手づくりの、「いのちをかつぐ」ような関係は少なくなっただろう。しかし、だからこそ、システムに人間性までゆだね、生身の関係が失われてしまうのではなく、システムがあるから生身の関係がもっと豊かに広がる、そのような折り返し地点をどこかで、誰かが切望しているはずだと思うのである。

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