なんとなくサンネット日記

2010年11月9日

寄り添う過去

Filed under: つぶやき — toshio @ 3:57 PM
ひだまり

ひだまり

 人が過去に経験したことは、どんなに些細なことであっても、必ず現在のその人に寄り添っている。あらゆる経験が、あらゆる選択に影響を及ぼす。(『催眠』ラーシュ・ケプレル、2009、邦訳2010、レンハルメ美穂、早川書房、(下)P86)

  私たちは、選択の自由、無限の可能性を求めがちである。

 自己とかかわりないところに選択肢は存在し、いくらでもチョイスできる。「うまいところだけ」自分に引き寄せればいい。「いいとこどり」は可能である…などと思うものだ。

 しかし選択にも限界はある。なぜなら選択が、選択する自己に影響を与えてしまうからだ。

 自己を通過しながら、選択は肥大し、変化し、縮小する。だから、自己が耐えられる範囲だけに、選択は存在する。選択が自己を超えることはできないと思うのだ。

  さて、『催眠』はスウェーデンの推理小説である。

 80年代に読んだ「刑事マルティン・ベック」シリーズ以来のスウェーデンものだった。この30年でスウェーデンもずいぶん変わったようだ。文化、女性の社会参加、子どもたち、移民、教育…。そして精神医療についてのこんな文章を見つけた。

――ウッレローケル精神科病院は、1990年代初め“精神科医療改革”と称して行われた大幅な経費削減にもかかわらず、いまなお運営されている。あの改革によって、数多くの精神疾患患者がそれまでずっと暮らしてきた施設を離れ、自力で生きていくことを強いられた。請求書の支払などしたことがなく、コンロや玄関の鍵の管理も自分でしたことがない彼らは、与えられた住居をたちまち失った。入院患者の数は減ったが、ホームレスが同じ勢いで増加した。やがて政治が新自由主義的な方向に傾き、大規模な経済危機が訪れ、気がついてみればどの県も、こうした人々をふたたびすくい上げる資金をもはや持ち合わせていなかった。現在スウェーデンで運営されている精神科病院は数えるしかない――((下)P353)

 新自由主義が、医療や福祉に与える影響から、スウェーデンも逃れられなかった。住居を失った人々、そのような人々のかたわらを通り過ぎる人々、そしてそのような町と地域…。この共同体験は、未来のスウェーデンを照射し、その先に影が長く伸びていく。

コメントはまだありません

No comments yet.

RSS feed for comments on this post.

Sorry, the comment form is closed at this time.

Powered by WordPress