なんとなくサンネット日記

2017年3月28日

卒業するあなたに

Filed under: つぶやき — toshio @ 3:16 PM
青森で見る、なごり雪

青森で見る、なごり雪

 

先日の夕方、黒い雲が残りつつ、西の空に透きとおるような青空が小さく顔を出していました。まるで、空の神様が「青森にも春が近づいていますよ」と挨拶しているようでした。

今頃、あなたは青森から東京に。南にと向っていることでしょう。新しい生活が始まろうとしているのですね。人生には大きな区切りがありますが、卒業・就職の区切りも大きな出来事です。
そんな時期に同封した『プシコ  ナウティカ』(世界思想社、2014年、松嶋健)をプレゼントさせてください。

仕事と人生にはいろいろなことが起きます。不安なとき、達成感あふれるとき、悲しさにつつまれるとき、どこを見ても元気が見つけられないときも…。喜怒哀楽が織り成される。それが仕事、人生というものです。誰もがそれを経験します。

きっとあなたにもそんないろいろなことがあって、いつかふとこの本を思い出しては、パラパラとめくるかもしれませんね。3ヵ月か、3年後か…もっともっと後かもしれませんが。でも、この本は、いつもあなたを応援してくれるだろうと僕は信じて、贈るのです。

 

この本にある小さなエピソード(p194)。

イタリアの司法精神病院に入院していた20代の男性、ヤコポは施設の生活に適応していた。しかし自分で自分のことを決定しなければならない地域生活を始めようとすると、誰かが自分を見張っているという妄想に襲われて、調子が悪くなる…。僕の想像ですが、ヤコポは知的障害がありそうです。彼は、パンを丸ごと出されれば、そのまま切らずに一口で食べてしまう、そんな人だったそうです。

いつまでも司法精神病院にいられるものではありません。退院して、薬を箱詰めにする仕事場に通うことになります。ところが仕事場に通うバスに乗ると、ずっと左側を向いている彼の癖のため、左側に座ったときは降りるべきバス停がわかるのですが、右側に座ってしまうと外が見えず、終点まで行ってしまうのです。

最初は看護婦が付き添っていたのですが、そのうち、バスの運転手やその時間にいつも乗り合わせる乗客が、ヤコポをいつも左側の座席に乗せるようになったのでした。

これだけの、どこにもありそうなエピソードです。

ヤコポは左側のバス停を見たい、けれども右側と左側のどちらの座席に座れば左側のバス停が見られるか、それが彼にはわからない。そこで彼が見たい位置になるように同乗した人々が応援したのではないでしょうか。つまり、彼がキチンと仕事場に行けるように看護したのではなく、見たい風景が見られるように応援した。そう思いたいものです。

最初付き添った看護婦は、バスに同乗した人々が彼にそのように振舞うようにモデルを提供したともいえます。

 

この本はイタリアが舞台というところがいいです。旅行している気分になりますから。イタリア精神医療の歴史もかなり詳細に書いています。社会思想の知識が必要な部分もあります。精神医療とどう関係あるのかわからないというところもあるかもしれません。でも、ヤコポのようなエピソードがところどころに挿入され、旅人のような著者の視点から語られます。専門家なら見逃してしまうようなエピソードですが、こういったエピソードは僕らの仕事が社会に開いているという当たり前の事実を気づかしてくれるのです。

 

10年前、私はある事件を目撃しました。なんかのちょっとしたすれ違いかと思っていましたが、実は、その根っこには、ある人々の隠された欲望があって、長い期間それに悩まされました。

いま、その事件を後押ししていたものは「市場原理」であり「能力主義」であると確信しています。

福祉も医療ももちろん市場経済の枠組みの中にあるのですが、それでも市場経済にはない「人間的な何か」があると、当時は思っていましたが、いまや福祉や医療も、それらの原理が全面を覆っています。

ヤコポの事例であれば、いまでは、介助を行う体制や送迎を充実すべきだという意見が多いでしょう。「人間的な何か」はシステムの背後に隠れてしまいました。バスの乗客や運転手に彼の介助を頼むのは無責任だと考える人が多くなりました。「市場原理」に支えられたシステムしか目に入らなくなったのです。

 

僕らの仕事は、時に、無意味と思うことがあります。壁に突き当たり、トラブルに打ちひしがれる。悲しみは人生を豊かにしてくれますが、つらいことです。そんな時、思い出したら、この本を開いてください。見えにくくなった「人間的な何か」を気づかせてくれると思うのです。

あるいは、休日にこの本を枕にして昼寝をするとストレス回復になるかもしれませんよ。

それでは、身体をだいじにして、お元気にお過ごしください。いってらっしゃい。

 

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