なんとなくサンネット日記(個人ブログ) としおのつぶやき

2012年7月9日

仕事・労働・活動№2 舵取り

Filed under: サンネットの仕事とは — toshio @ 5:06 PM

ラジコンカー

  1998年、来日した英国の当事者、ジュリアン・マリンズさんは「イギリスの地域生活における精神障害者の権利擁護」という講演で、次のように話していました。

  ――アドボカシィ(権利擁護)は、ソーシャルワーカーや援助者たちと常に対立し、要求を突き付け、対峙することではありません。アドボカート(権利擁護者)は機関や施設をスパイしたり、何か不満の種をみつけようと見張っているわけでも、小さなミスをみつけては職員を困らせようとしているわけではありません。――

  ――アドボカシィ(権利擁護)は、意見をはっきり言明して、必要な権利とサービスが得られるようにサポートすることで、ユーザー自身が自分たちの人生と生活の舵取りになることです。――

 ――グループアドボカシィ(集団権利擁護)のユーザー(利用者)にとっての利点は、ユーザーが互いにささえあえるということです。自分たちの経験を話しても安全だと思うところでは十分話し合えるし、互いにどんなふうに感じているかをよく知ることができます。――

 権利擁護活動というと、まだまだイメージしにくい活動です。弁護士のように本人に付き添って、当局と交渉したり、むずかし文書を作成して、権利の実現を図る…というイメージ??。

 マリンズさんは、権利の獲得や無理解な当局への攻撃が活動のターゲットではなく、本人が自分の人生の主人公になることが目標ですよと、いいます。生活の舵をしっかり取る…。そういえば、「権利擁護」「要求実現」という場合、長いあいだ人間的成長という観点は置き去りになりがちでした。権利の問題と人間的な成長を結びつける、これが大きな意味をもっていたのです。

 日本では、いまだに精神障害者の地域権利擁護活動がふつうに見られるような状況ではありませんが、相談支援事業所や障害者サービス事業所では、当事者がいろいろなことを要求するのはよくあることになりました。

 日常的に要求する場面があるなら、自己の利益ばかりでなく、人間的な成長という観点を含めて考えることがだいじになっています。上の文章の「権利擁護」を“権利要求の具体的行動の言葉”に置き換えてみましょう。「権利擁護者」は、“利用者、当事者”でいいかもしれません。

 「じっくり相談できることを要求する活動」とか、「就労継続支援事業所でもっと仕事ができるように要求する活動」とか、それぞれの場面で起きた言葉を、文章に挿入すれば、活動する主体を振り返れるではありませんか。マリンズさんの話から14年、現代の日本、いまこそ彼女の話を活用しなければならないと、ぼくは思うのです。

 

(別の話ですが、「仕事」ということについて次の動画はすてきでした。インドの14歳の少年の日常。弟や家族のために働き、学ぶ日常がたんたんんと描かれます。貧しいがゆえに生まれる美しさ、けなげさ、あたたかさ。かつて日本にもあった「何か」…です。)

http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/movie/p028d199d4926af2f30fa154a287cff6d (ヤフーHP)

http://vimeo.com/awards/winners/documentary (英語HP)

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