なんとなくサンネット日記

2011年9月14日

入れ子の共感

Filed under: つぶやき — toshio @ 1:28 PM
共感の時代、p293

共感の時代、p293

 地球上に哺乳類が存在する時代になり、共感という現象が生まれた。共感は人間の空想物ではなく、進化の産物である、『共感の時代へ』の著者フランス・ドゥ・ヴァールはこう考えている。

 私たちの脳は、古代のげっ歯類の「共感」、類人猿の時代に獲得した「共感」、人類になって育てた「共感」が重なっていて、200万年の間に増殖した人間の前頭葉だけに存在しているのではない。

 また共感は、情動伝染・他者への気づかい・視点取得という三つの機能が入れ子状に組み合わさっているとヴァールはいう。

 あくびをするアニメのチンパンジーを本物のチンパンジーに見せる実験をした。アニメは頭部だけが描かれ、数回あくびをする。それを見たチンパンジーもあくびをした。アニメを見ないとあくびはしなかった。これが「情動伝染」である。

 また、あるチンパンジーが箱を積み上げて、天井から吊り下げられたバナナを取ろうとしている。からだを立たせ、さらに腕を伸ばし、バナナにふれようとしている。遠くで見ていた別のチンパンジーは身体を同調させ、同じように腕を伸ばした。これも情動伝染だ。

 「他者への気づかい」は、他者の感情に関して認識し、そして他者の苦境を緩和するために必要な行動をとることである。しかし、認識以前の、伝染しているかのような気づかいもある。動物も幼い子どもも何が起きているか理解している様子もないまま、悲しんだり苦しんだりしりしている仲間に近寄っていく。

 あるときアカゲザルの子どもが上位のメスザルの上に飛び乗ってしまい、メスザルに噛みつかれた。噛まれた子ザルはひっきりなしに泣きわめいたので、他の子ザルたちがすぐに周りを取り囲み、お互いどうしで押したり引いたり、小突きあったりした。「子ザルたちの反応は自動的らしく、彼らも犠牲者に負けず劣らず取り乱し、自分も慰めようとしているかのようだった」((『共感の時代へ――動物行動学が教えてくれること』、フランス・ドゥ・ヴァール、2009、邦訳2010、柴田裕之、紀伊国屋書店、P137)

 傷ついた子ザルに、他の子ザルは引きつけられるように近づいた。つまり気づかっている。ただし、傷ついた子ザルが求めることに行動が対応しているわけではない。必要な行動を提供するには、もう一つの機能が必要なのだ。

 自己と他者の区別をし、その上で、他者がどのように感じ、何をしてほしいと思っているかを想像する能力、「視点取得」がそれである。

 1954年公営水族館用のイルカを捕獲するため、フロリダ沖でバンドウイルカの群れのそばでダイナマイトを爆発させた。気絶させて捕獲しようとしたのだが、一頭のイルカが体を大きく傾けたまま水面に浮かび上がった。その途端、二頭のイルカが助けにきた。

 「両側の水中から現れた二頭のイルカは、やられたイルカの胸びれの下あたりに頭の側面を当て、水面に押し上げた。明らかに、まだなかば気絶した状態のイルカが呼吸できるようにするためだった…目の前で繰り広げられた共同の援助が本物であり、意図的なものだったことは、疑いようもない」(P183)

 アカゲザルの子どもは傷ついた子ザルに何が必要かはわからなかった。しかしこのバンドウイルカは、気絶した仲間が意識なく、そのため呼吸を助けなければならないことを理解した。気絶したイルカの視点を理解し、その視点を自分のものに取得しているのだ。

 間もなく仲間が回復すると見事な跳躍を見せて、一斉に逃げていったという。

 共感に関する三つの機能が入れ子になり、さらにそれが大きな入れ子状態をつくり、私たち人類の「共感」に成長し、進化した。何億年もかかって生まれた私たちの共感を私たちは働かせたり、抑制したりしながら、社会を形成している。地域社会から国際社会まで、社会システムは共感の影響を受けている。

 視点取得と共感にかかわる深層の部位との結びつきが完全に絶たれると、利己的に他者を操作する。ここに、まさに生き馬の目を抜くビジネス社会、競争社会、他者を人間と思わない関係が生まれる。こうすればこう思うだろうなと思いつつ、相手の望まないことをする。裏をかく。ダメージを与える。われわれに与えられた進化の恵みを、完全に悪用しているのだ。

9月の雨

9月の雨

 ところがヴァールは楽観的な人だ。

 「私は共感が進化の歴史上とても古いものであることを思うと、何とも楽観的な気分になる。共感は確固たる特性ということであり、事実上すべての人間の中で発達するから、社会はそれを当てにして、育み、伸ばしていくことができる」(P294)

 共感システムのいろいろな悪用・誤用があろうとも、共感が多くの哺乳動物や人間に普遍的に存在しているものである以上、それは必ずや修正されていくと述べているのだ。おそらく、私たちは、私たちの社会からだけでなく、動物や幼児からも学ぶべきことがたくさんあるようだ。

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