なんとなくサンネット日記

2018年11月7日

23年前の問いかけ

Filed under: つぶやき — toshio @ 1:18 PM

仲間じゃないか

写真は、先日、京都から来訪した江端一起さんとの記念写真である。初めて来られた来訪者と心から楽しい時間がもてたというのは久しぶりだ。

精神病患者であり先鋭的活動家である江端さんとひざを交え、親しく語り合ったりすることはないだろうと、ずっと思っていた。というか、なるべく近づかないようにしようと、いつか心に決めていたはずである。

 

23年前、日本社会臨床学会の京都総会があった。1995年4月、ぼくの記憶では、そこで初めて江端さんを見かけたと思っている。

その頃、ぼくは岡山県で生活していた。1月に淡路阪神大震災があった年である。寒い時期の被災は、何もできないぼくを切ない気分にさせた。春になってホッとしたものの、多くの人は対応に追われていた。岡山駅から支援者を神戸に運ぶバスが連日出ていたし、ラジオやテレビでは被災者を受け入れる情報、たとえば「女子学生可、1名、倉敷市」みたいな報道が流れた。地元紙の山陽新聞になると何面もわたって毎日載った、と思う。

そんな春、ぼくは社臨の京都総会に新幹線で京都に向かう。倒れたり壊れたりの新幹線の高架は、神戸あたりに来ると復興しておらず、バスの代行輸送になった。どこかの駅のプラットホームに降り立ったぼくには、シートがかけられた建物がつくる断続的なブルーの列の町並みが見える。列から横にわずかにずれただけで、とたんに建物の被害は軽微になる。断層が走っている確かな証がこのブルーの列だ。人間の幸と不幸も、見えない地殻の上に建っていたのだと思うと、畏怖の感情がフツフツとわいてくる。

なのに、プラットホームにいる幾人かのガードマンたちは実に楽しそうに警備をしている。不釣り合いの制服の彼らの所作はにわか仕込みで、ふざけているように見える。風景と彼らの落差は、嫌な感じがしない。そのような振る舞いと比べるにはあまりにも自然は大きすぎるし、大きな自然に向う人間とはそういうものなのかと思った。

 

京都総会の開催場所は花園大学であった。スケジュールの合間、会場のホールを出て、エントランスに足を入れると、江端さんが小さなハンドマイクをもって叫んでいた。

“学会に出てみたけどおもろうない。学会よりだちんこ(友だち)になろう”。そんなことを言っていた(と思う)。ぼくは40代前半、江端さんは30代前半だったろう。「ああ、こんな若い病者の活動家、こんな活動スタイルが生れてきたんだ」と頼もしく思い、でも“あと3~4年たったら福祉から足を洗うんだ”と思っていたぼくは、あまり近づかないようにしようと思った。

その時、なぜ、ハンドマイクのその人が「江端さん」とわかったのだろう。ゼッケンかハンドマイクに「前進友の会」とか書いてあったのか、あるいは誰かが教えてくれたのだろうか、それは覚えていない。ともかく「彼」だと思ったのだ。

 

さらにその5年前にさかのぼる。1990年10月、日本臨床心理学会も京都での総会だった。その事前打ち合わせのため、8月にぼくは京都に行き、実行委員長だった亀口公一さんと精神障害者の作業所「やすらぎの里」を訪ねた。なぜ、亀口さんが「やすらぎの里」を選んだのかは知らなかった。女性スタッフがいて、作業をしていたが、ぼくらの訪問をあまり歓迎していない様子だった(と記憶している)。総会イベントに「やすらぎの里」がかかわることはなかった。でも、ぼくはその時、作業所の「やすらぎの里」は患者会「前進友の会」と両輪の関係であることを知った。

たぶん、その遠い記憶ともどこかで結びついて、5年後にチラッとみた江端さんに対して強い思いが起きたのだろう。

 

その「やすらぎの里」に向った日、亀口さんと京都を走る車の中で、車内のラジオからイラクがクウェートに侵攻したニュースが流れてきた。「そんなバカな!」とぼくは思った。

それから、学会のほうは京都総会を機に激論となり、国家資格をめぐって翌年に分裂。その間、「そんなバカな!」と、これまた何度も思うことがあった。そんなこんなでやがて1993年の日本社会臨床学会の設立にいたる。ぼくの所属する学会は変わり、5年後に再び京都に降り立って、江端さんと出会ったのである。イラクのこと、震災のこと、学会のこと。激動の時期のこれらと、江端さんの思い出が重なり、ぼくのなかの江端さんは「嵐を呼ぶ男」となっている。

精神医療を批判的に問うという領域で、ぼくと江端さんは別々の土地で、別々の視点の道を歩んできた。それがいま、顔と顔を合わせて話し合い、知りあっている。遠い遠いところを飛んでいたブーメランが、とんでもないところから返ってきたようだ。不思議なものである。

23年前の「だちんこになろう」という彼の叫びを思い出しつつ、いまこそ、彼の問いかけにできる限り応えたいと思う。

 

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