なんとなくサンネット日記

2016年2月27日

侘びる

Filed under: つぶやき — toshio @ 5:20 PM
どことなく、春の匂い

どことなく、春の匂い

■トラブルについて

具体的には言えないけど、ぼくがある種のトラブルに遭うとする。

誰かが引き起こしたトラブルで、ぼくはその人を支援する立場にあるとする。トラブルというできごとを挟んで、その人とぼくは向き合う。そこまではよくある日常的なできごとだ。

普通は、相手はそのできごとを説明しようとし、ぼくはできる限り理解しようとし、互いに解決をめざす。その過程は格闘もあるけど、理解も深まっていく。無事解決し、時がたてば、よい思い出になる。やがては笑い話にもなる。ところが、そうではない種類のトラブルがあることを話したい。

その種のトラブルに出会ったぼくは、たいてい、不自然さを感じる。しっくりこない。こういったことは体験したことがないなあとか、どうしてここでこうならなきゃいけなかったのか、成り行きがわからないなあとか、首をかしげる。

それでも、ぼくはなんとか理解しようとする(これは職業病的なのだけど)。そしてこんなふうに思うようになる。「彼や彼女の経験不足なのだろうなあ。もしかしたら、自分の気持ちをうまく表現できないのかもしれない。それに勘違いがあるのかなあ…etc。」

もう一つ、その時は気に留められないささやかなこともある。彼や彼女は開き直っているわけではないが、冷めているというか、一生懸命説明しようとしない。何より〈詫びない〉ことである。

ところがどうしても職業病的な姿勢が先行して、感じた不自然さをはっきりさせないまま、ことは次の場面に移っていく。なんとなく、トラブルは解決する方向に向かっているのだろうと、自分で思い込もうとするのだが、やがてとんでもないことが起きる。

3ヵ月くらいすると(ここは体験的にどうしても3ヵ月なのだが)再び、同じようなトラブルが起きる。そして2度目はどうしようもなく深刻なトラブルになり、ドロドロの状態になって延々続いていく。

…何年かして気がつく。一度目のトラブルは、二度目のトラブルの予兆だったということを。

 

もし一度目のトラブルの時に感じた不自然さにもっとこだわっていたら、そしてそこを解明しようとしたら、より深い問題が見えてきて、その後の経過が変わっていたのではないか。そんなふうに思うのだ。しかし、一度目のあの場面で、ことの重大さに気づくのは簡単ではない。でも、目印はある。〈詫びない〉ことである。これがあるかないかが、何気なく出会っているトラブルが、次の重大なトラブルを引き起こす「予兆」か、無視してもよい、よくある「日常」かを見極めるリトマス試験紙なのだ。

 

■『モンスターマザー』を読んだ

先日、たまたま手にとって読んでしまった本である。『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ事件」教師たちの闘い』(福田ますみ、新潮社、2016年)。読んでみて「〈詫びない〉トラブルは大きなトラブルの予兆」というぼくの持論の再確認になったような気がする。

その前に、この本について述べておく。

2005年12月、丸子実業高バレー部の1年生(高山裕太君)が自宅で自殺した。事件をめぐり、母親と学校・生徒側が激しく対立し、8年近くの訴訟合戦がおこなわれた。そのことについての本である。

書名のとおり、著者は、学校・生徒を擁護し、母親と支援者であった弁護士・ジャーナリストを批判している。

学校側と母親側の立場は大きく違っていた。

母親と支援者は、いじめの事実を隠す学校の閉鎖体質を暴こうとする。そして学校長を刑事告訴し、県・校長・生徒の親にたいする損害賠償請求闘争をおこなった。

一方、学校・生徒側は、調査をして、母親が主張するようないじめは存在しなかったという認識にいたる。学校・生徒から見ると、母親は「モンスターペアレント」で、訴訟は事実無根の濡れ衣であった。

バレー部生徒の親も、母親にたいして損害賠償請求の反訴。校長は、母親・代理人を名誉毀損で提訴。すべての訴訟が終了するまで事件から8年かかった。裁判闘争では、学校・生徒側の申し立てがほぼ認定されているという。

 

ここで、ぼくはどちらが正しいかを断定するつもりはない。この本について取り上げたいのは、裕太君の8か月の経過である。

小学校の頃からバレーチームに入っていた裕太君が、バレーの名門丸子実業に入学して、わずか8ヵ月余で自殺するのだが、高校に在学した期間を三つの時期に分けることができる。

5月30日に初めての家出をするまでの2か月。830日に2回目の家出をするまでの3ヵ月。そして、2回目の家出を契機に母親が激しく学校やバレー部に抗議、非難を続け、自殺に至るまでの3ヵ月、三つの時期である。

 

2005年4月 高山裕太君、県立丸子実業高校(当時:建築工学科)に入学。バレー部に入部。
5月30日 裕太君、1回目の家出をする。31日佐久市で見つかる。
8月30日 2回目の家出。(前日、担任の教師が、裕太君が夏休みの宿題(製図)の提出をしていないことを注意。「2学期の評定が1になってしまうけど、どうして間に合わなかったのかね。お母さん悲しむね」と話す。)
9月5日 東京で保護された裕太君を母が迎えに行き、帰宅。2回目の家出以降、母は学校の対応について強く抗議するようになる。
9月~11月 母は、学校、県の教育機関、バレー部関係者・生徒・家族、PTA役員などに、電話・ファックスなどで抗議。学校側も調査をし、保護者会を開催。母と学校の関係が悪化し、裕太君は不登校のまま。
12月3日(土曜日) 夜、母宅で話し合い。母と本人、教頭、担任、県職員2名、県会議員。裕太君が5日に登校することになった。
12月5日 裕太君、登校するはずが登校せず。
12月6日朝 裕太君自殺。母が発見。

 

5月の最初の家出が、何らかのサインだったとぼくは思う。というのはこのできごとに「〈詫びない〉トラブル」を見ることができるからだ。本では最初の家出についてこう書いている。

 

――5月30日、裕太君は何の連絡もなく学校を休んだ。夜7時過ぎ、立花(担任教師)はさおり(裕太の母)から「裕太が家出をした」という連絡を受ける。本人の制服や携帯電話があるのに自転車がないので家出だと判断し、捜索願を佐久警察署と丸子警察署に出したという。

「(家出の理由について)何か心当たりはありませんか」

立花が尋ねると、さおりはこう話した。

「昨日、弟(次男のこと)のために用意したお金がなくなっていたんで、裕太を疑って問い詰めたんですよ。でも、(お金を)取ったことを認めなかったので、家から出て行けと言ってしまったんですよ」…

(翌日31日の)午後1時半頃、(町を探し回っていた)さおりと立花は、佐久市内の書店にいる裕太君を発見する。さおりは裕太君に駆け寄り、抱きしめてこういった。

裕太、よいお医者さんに診てもらって、声はきっと治してやるからね

(ん? なぜ高山さんは、裕太君に「家を出て行け」と言ったことを侘びないのだろう)二人を見守っていた立花に、さおりの言葉はひどく突飛に聞こえた。…――(p17-19)

 

母は「声を治す」と言っているが、それは裕太君が中学2年生あたりから、声がしゃがれてしまい、突然、大きな声を出せなくなったことを指している。抱きしめ、再会を喜んでいるのに、なぜ声の問題が出てくるのか、担任は解せなかった。

ここで〈詫びない〉のは母→裕太である。「母→担任などの探しまわってたくれた協力者」「裕太→バレー部の仲間」という関係においても詫びなかったかは、よくわからない。記述はない。

しかし、母→裕太に限定しても〈詫びない〉トラブルであることがわかる。仮に、母が詫びて「裕太を責めてごめんね。もう家を出ていけなんて二度と言わないよ」といったら、母親は、しつけ方に問題があったことを認め、あらためたいと約束したことになる。自分と家庭の問題を、子どもと周囲の人間にオープンにしたということになる。ところが実際は違っている。

裕太に治療というご褒美をやると言って、自分の非や家族の問題は認めなかった。オープンにしようとはしなかった。〈詫びない〉ことによって、家族と自分の問題を隠したのだろう。

もし、ここに教師が着目したら、6月から8月にかけて、裕太がかかえている家庭の悩みにアプローチできたかもしれない。そして830日には「どうして間に合わなかったのかね。お母さん悲しむね」などと家族問題を刺激することはしなかったと思う。もちろん、隠されているものを発見するのはとてもむずかしいことだったのだが。

ぼくはこの本をこんなふうに読んだのだ。

 

■〈詫びない〉こと

ぼくもそうだし、丸子実業の教師もそうだろうが、支援者は自分なりの支援見取り図をもつ。こうなったらこうだろうとか、こう言ったらこうしてくれるだろうという、体験からつくられた支援マップだ。しかしこの地図にはいろいろな前提がある。もっとも大きな前提は、相手と自分の間には信頼関係があると思っていることだ。

しかし、支援者側が思い込んでいる信頼関係とは、はなはだ異なる場合だってある。時には、支援者のマップが地上の様子を描いたマップだとしたら、相手は下水道や地下道、共同溝など地下の様子を描いたマップをつくって、そのなかを動いているのかもしれない。

そして、ある種のトラブルとは、二つの地図の衝突であり、地上と地下を結ぶマンホールの蓋のようなところに両者がいるとすれば、蓋をオープンにして、開け放してしまうと、地下に続く道をたどられてしまう。だから〈詫びない〉。詫びられないのだろう。

そのようなことを考えるようになったぼくは、〈詫びない〉ことをある種の警戒警報としてとらえるようになった。詫びろと強要するつもりはさらさらないけど、その背後には大きな意味が横たわっていると思っている。

ただ「3ヵ月」という間隔はなんだろう。この3か月という時間のリアルさを、裕太君の場合もそうだが、ぼくもたびたび実感してきた。人間関係が再び入り組むのにかかる時間なのだろうか。それとも一人の人間が、心の中で緊張を持続できる時間の限界なのだろうか。よくわからないが、3か月すると何かが起きるのは確かだ。

だから、〈詫びない〉トラブルがあった場合、適切に対処可能な時間はあと3ヵ月しかないのである。

 

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