なんとなくサンネット日記

2013年9月20日

ピカドン

Filed under: つぶやき — toshio @ 6:15 PM
でたでた

でたでた

先日、朝日新聞にあるイベントの広告がのっていました。

共同通信社と日本新聞博物館の主催、「92歳の報道写真家 福島菊次郎展 ―― ヒロシマからフクシマへ。戦後、激動の現場」という展覧会です。私は、その展覧会に行ってみたいと思いました。http://newspark.jp/newspark/index.html

写真家・福島菊次郎を知ったのは、ある人から、「この本を読んで、病気の子どもと共に生きていこうと決意したのです」と差し出された本に出会ったからです。昨年のことでした。

『写らなかった戦後 ヒロシマの嘘』(現代人文社、2003年)。福島菊次郎氏のエッセイですが、軽い文章はどこにもない、日本を告発しつづけた記録です。http://218.42.146.84/genjin/search.cgi?mode=detail&bnum=10019

読了し、どう考えても、奇書としかいいようのない本だと思いました。兵隊で終戦をむかえた1921年生まれの福島氏。家庭や金銭を顧みない一途な思い。思想信条の枠におさまりきれない権力への激しい怒り、型破りな行動。福島氏の戦後・個人史であり、世界の奥から異物が浮かび上がってくるような魂の叫び声でもあるのです。

この本の表紙には、中年の男性と犬が映った白黒写真がかざられています。

痩せた男が庭先の作業場に腰かけ、ぼんやりしています。飼い犬なのでしょう、尻尾を振り、横から男の頬をなめようとしていますが、よく見ると犬のやせ方が尋常ではありません。脇の作業台のようなところに包丁が無造作に置いてあります。

場所は広島市、太田川沿いの漁師町。この人は中村杉松さん。原爆にあい、すさまじい闘病の末、1967年59歳で亡くなる方です。

山口県に住んでいた福島氏は、1952年から、広島通いをしては、貧困と病苦にあえぐ中村さん家族の写真をとりはじめます。そのときのいきさつをこう書いています。

 ある日中村さんが、畳に両手をついて思いつめた表情で言ったのである。

 「福島さん、あんたに頼みがある、聞いてもらえんじゃろうか」「僕にできることなら何でもしますよ」「ピカにやられてこのざまじゃ。このままじゃ死んでも死に切れん、あんたわしの仇を討ってくれんかのう」

 「どうすればいいのですか」と聞くと、ぼろぼろと泣いた。

 「わしの写真を撮って世界中の人に見てもろうてくれぇ。ピカに遭うた者がどれだけ苦しんじょるかわかってもろうたら、わしも成仏できるけぇ頼みます」(p22)

 中村さんの奥さんは前の年、原爆症で、病床の夫と6人の子どもを残して他界しました。中村さんたちは生活保護を受けるのですが、当時の医学では、中村さんの医学的診断を確定できず、福祉事務所からは「詐病」ではないかと思われていたようです。次第に大きくなる子どもとの葛藤、どうしようもない貧困の極み。福島さんは中村さんの家に十数年にわたり入って、現実と向き合いシャッターを切り続けました。

 一途な福島氏と怨念をかかえた中村さんの出会いでした。

 撮りためた写真は「ピカドン」の悲劇を多くの人に訴えました。そして福島氏をプロの写真家に押し上げてくれました。その一方、写真を撮り続ける日常は中村さんの5人も子どもを傷つけ、のめりこむ福島氏も山口の時計店をたたみ、離婚するなど自分と家族を傷つけたのです。

  はたして「仇討ち」になったのだろうかと悩むことになりますが、その答えはいまだにないようです。答えなどないことかもしれません。

 ドキュメント写真は、人間の尊厳をいかに表現するかという行為であると同時に、レンズがいかにプライバシーを侵害するかという、二律背半によってのみ成立する両刃の剣である。その宿命的な矛盾に翻弄されながら僕はシャッターを押し続け、ドキュメント写真が歴史の証言者であろうとするとき、いかなる被写体にも正面から立ち向かうことができることを教えられた。(p23)

  どのような人間関係も、根源的には福島氏のいう「宿命的な矛盾」があるのかもしれません。敬意を払おうとしては傷つけあう。助けようとして助けられない。愛したいと思いつつ憎み合う。矛盾から人間の関係は自由になれないけど、もっと大きな世界に立ち向かおうとするときに、しっかり、矛盾と他者に立ち向かうことができる…ということなのでしょう。福島氏やこの本をくれた人から私は学ぶことがたくさんありそうだ、としみじみ思います。

このことをもう少し考えると、宿命的な矛盾と相手との関係に向き合おうとせず、大きな世界に立ち向かうことはできるのか、という問いも私のなかに生まれます。

思うに、それはできると思います。でも、それは形でしかなく、決定的な何かを置き去りにしたものではないでしょうか。「宿命的な矛盾」、それは解決される何かではなく、より大きなものを支える人間の土台なのだろうと私には思えてくるのです。

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