なんとなくサンネット日記

2012年10月29日

回復が生まれるところ№2

Filed under: つぶやき — toshio @ 6:38 PM

道を間違えて

暴力に頼らなくても生きていけるということを学んだ、レイエスはそういいました(10月27日記事)。

彼に回復が生まれたこと、それは事実。でも、彼はなぜそのことが学べたのか。事実の背後にどのような作用が働いたのか。ぼくの中に次から次に疑問がわいてきます。

レイエスが言っていることは、回復のプロセスとは脱暴力の道でもある、ということではないでしょうか。

でも、刑務所で脱暴力? そんなことが可能なのか。

アメリカの刑務所ドラマ、たとえば映画『ショーシャンクの空に』、あるいはTVドラマ『プリズンブレイク』などを見ると、おそろしい暴力がそこには渦巻き、ぼくなどは画面を直視できなくなります。

服役者が回復を志すということは、その人はかつて暴力の被害者かもしれないが、加害者としても生きたその人が暴力の世界から抜け出すということ。しかも、むき出しの暴力(刑務官・服役者の暴力)のなかで24時間過ごす、その現実の中から脱暴力を実現するということ。そのようなことなどできるのでしょうか。

『ライファーズ――罪に向きあう』(坂上香、2012年、みすず書房)のなかで何度か繰り返される言葉があります。それは、「ホーム」であり、「サンクチュアリ」という言葉ですが、これが疑問を解くキーワードなのではないか、ぼくはそう思います。 アミニティ(治療共同体の団体)では、「ホームを、敬意、人間性、希望、ユーモアという四つの要素から成る場と定義している」(P77)そうです。いずれも積極的な人間関係のあり方をさし示すものです。では、サンクチュアリとはなんでしょう。

 『サンクチュアリ』は一般には、聖域、非難所、安らぎの場所と定義されるが、ここでは、問題を抱えた人々が成長するために欠かせない、物理的および精神的に『安全な場』を意味する。一言で言うなら、本音で語り合える場であるかどうか。警備と管理と規律を重んじる刑務所とは相反する発想だ…

 「墓場まで持っていくつもりのことを話せなければ、本音を話したことにはならない。」このフレーズを、アミニティ関係者の口から、何度聞いたことだろう。被害体験であれ、加害体験であれ、体験の詳細と、それにともなう感情を、徹底的に、何度も語るというのがアミニティのスタイルだ…

 まずは、幼児期まで記憶を遡らせ、自分の身に起こった出来事や感情を詳細に語っていく。自分の身に何が起こり、それをどのように感じていたのかを言語化し、自らが受けとめることからしか、サンクチュアリの創造は始まらないと考えられているからだ。しかし、このプロセスは容易ではない…

 辛い記憶に蓋をして、被害自体をなかったことにしたり、自分のためを思って親は自分を殴ってくれたと歪んだ解釈をしたり、もしくは子ども時代を完全に美化して生き延びてきている人がいかに多いか…(p56-58)

サンクチュアリとは、物理的な場であると同時に、精神的な場でもあり、自分のなかで創造されるものでもあり、過去と直面するプロセスでもあるのです。 自分を守ってくれる場があるから、囲われた場であり安全だからそのなかで本音が言える、ということではないのです。

お寺のなかの修行を、ぼくは想像しました(韓国映画『達磨はなぜ東に行った』を思い出しながらです)。修行するにはそれなりの静寂や安全が必要だけど、なぜそれを求めるかといえば、自己や仏との厳しい直面をするため。そんな関係に良く似ています。

暴力とは人間社会と人間の意識が生み出したもの。だから、私たちは私たち自身の精神の奥に分け入り、そこをもう一度体験し直すことで、暴力を越えられる…回復した彼らはそう言っているのでしょうか。

問題は、監獄から出所するかどうかではない。あなた自身が、内なる監獄から、いかに自由になるかだ(P65)

本音を語れない問題があるとすれば、内なる監獄、自分のなかの暴力性の手前で、それらに従属しているということなのかもしれません。その問題の方が大きいかもしれません。

 

元ライファーズ(無期刑受刑者)だったケルビンは社会復帰施設のスタッフをしています。彼はあるときある女性レジデント(施設利用者)から「ここにはサンクチュアリなんて存在しない!」と反発を受けました。ケルビンは彼女にこのように話しました。

俺はそうは思わないよ。いつだったかナヤに聞かれたことがあった。人生で最初のサンクチュアリはどこだったかって。俺は考えたけど、全然思いつかなかったんだ。とにかく凄まじい幼少期を送ったからね。安心できる場なんてなかったって言った気がする。

 そしたらナヤが言ったんだ。親からいかに酷い暴力を受けたとしても、母親の胎内にいる時からアルコールや薬物の影響を受けていたとしても、それだけ過酷な状況を切り抜けて、この世に生まれてきた。それだけの強さがすでにあなたに備わっていたんだから、胎内がすでにサンクチュアリだったんじゃないかって。この世に生を受けた人は誰しもサンクチュアリを体験しているはず。どんな場でもサンクチュアリは作れる。刑務所の中でさえそれは可能だって。

 目から鱗だったよ。サンクチュアリは探しあてるものじゃなくて、今ここで、この瞬間に、自分が率先して作るものなんだって思うようになったんだ」(p199)

なんとすごい話ではないでしょうか。彼らはこんなにも遠くはるかを見ているのですね。

2012年10月27日

回復が生まれるところ

Filed under: つぶやき — toshio @ 6:38 PM

11年ぶりのドライブ

「いじめ」報道が相次ぐなか、学校に対する世論は大きく変化している――宗教学者の山折哲雄氏が、指摘していました(2012.10.19東奥日報)。

「いじめ」の加害者と被害者の両方とも学校の外に追いやり、「特別の」対応で問題解決を図ろうとする、そのような意見や提言が多い現状だと言います。

加害者は警察や司法の手に渡す。そして被害者は学校から逃亡する。では、残された学校はどうなるのだろう――というのが山折氏の論点です。

確かにそうだよな、最近は一見「合理的」に思える解決策を望む人が多いなあ…と思います。専門家指向で、個人の能力の変化や向上を期待する。表面的な問題と単純な技術的対応とをむすびつける。「一見合理主義」には、能力主義的な考え方が裏打ちされていて、結局のところ、それが問題のすすみ行きを排外的な方向に押しやっている…いろいろな議論を眺めていると、このように思えることが多いのです。

山折氏は、このような最近の技術論的な論調全体を批判的にとらえ直そうとしているのかもしれません。

しかし、一方で、山折氏は、人間の精神性をあまりにも超越的に描いているのではないかと感じます。ヒトの野生、野獣性を越える文化的装置、それが人類の文明であり、歴史であって、教育もその一つという議論を展開しているのですが、そこは、ぼくにはうなずけないところです。

そういう大きな意味ある「教育」だから、加害者と被害者を教育の場から遠ざけてしまうのは、教育の空洞化であり、ひいては歴史的・本質的な役割を失うことになる、と彼は言いたいのでしょう。

ぼくは、そんなに人間の本質(野生)と人間の文明(社会的装置)は対立的なものだろうか、と思うのです。ときには本質の方が優しく、思慮深く、ある時には文明の方が冷酷で、暴力的になることもあろうに…と。

もっと踏み込めば、ヒトを野獣化させるのは社会であり、野獣化したヒトを人間に戻すのも社会であるのではないかと思うのです。

 

『ライファーズ――罪に向きあう』(坂上香、2012年、みすず書房)は、加害、罪の問題について深く考えさせてくれる良い本です。

坂上香さんは、『癒しと和解への旅――犯罪被害者と死刑囚の家族』(1999年、岩波書店)を書いた人です。(このブログでも2010年2月4日の記事でふれました)

『癒し―』は、死刑にあたる犯罪(過去)をめぐり、被害者家族・加害者・加害者家族の対話の可能性、和解への挑戦を行うことで、それぞれがどような未来を切り拓けるかということ取り上げた本でした。テーマは「死刑/犯罪」でしたが、さらに対話の可能性について掘り下げるだとうという予感を与えていました。

今回のテーマの一つは、ライファーズ、終身刑、無期刑受刑者であり、もうひとつのテーマの「対話」については治療共同体について取り組んでいます。「対話」のある種の極限、極相です。

人は取り返しのつかない罪を償えるか。刑罰ではなく徹底した語りあいで暴力の根底に迫り、真の回復を模索するライファーズ(終身受刑者)、20年のドキュメント――これは本の帯に書いてあるコピーでした。

メキシコ系アメリカ人のレイエスは、カリフォルニアの刑務所のライファーズでした。彼はドラッグの売人で中毒者でしたが、同じ売人仲間でやはりジャンキーの男を妻の前で撃ち殺し、殺人罪で26年間服役したのです。

レイエスは長年、治共同体にかかわり、8度目の仮釈放審議会への申請が認められ、釈放されました。

その彼が、メキシコの大学で催されたシンポジウムで治療共同体についてこう語りました。

 私の(回復の)旅は、今から15年余り前に始まりました。30年前に殺人を犯し、刑務所に服役している最中に全てが始まりました。私だけでなく、仲間の受刑者たちにも同じようなことが起こりました。たとえば、泣くという行為。私は、何十年も涙を流していませんでした。10歳の時に性暴力にあいましたが、恐らく、その頃から泣くのをやめてしまったのだと思います。

 何十年もたってから最初に泣いたのは、ある映画を見て、話し合うというプログラムが終わった後でした。今でもよく覚えています。アミニティ(治療共同体の団体名)の女性スタッフ、デニス・サッスーンの前でした。彼女もまた元薬物依存者で、元受刑者です。結局、私は1年に渡って、来る日も来る日も泣き続けました。

 彼女はレズビアンでした。最初は私自身、彼女のことを受け入れられませんでした。それは私自身の偏見のせいです。しかし、彼女は辛抱強く私につきあってくれ、仲間と共に、私が偏見に変わるように働きかけてくれました。

 同性愛、トランスジェンダー、黒人、白人、黄色人種、金持ち、貧乏人、病の有無など、自分と異なるストーリーを持っていたとしても、それぞれのストーリーに意味があり、お互いから学ぶ意味があるのだということを、そして暴力に頼らなくても生きていけるということを、私はそこで学びました。(P259-260)

暴力に頼らない生き方…これが、絶え間なく暴力を生み続けている社会だからこそ、社会が求めているものでもあるのでしょう。つまり、私たちは彼らから学ぶものがたくさんあるのです。

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