なんとなくサンネット日記

2012年3月27日

ちくま新書を読んで №2

Filed under: つぶやき — toshio @ 5:06 PM
青森の空

青森の空

■此岸

 思想家、評論家の吉本隆明さんが3月16日に逝去しました。享年87歳。早稲田大学教授・加藤典洋は彼を悼んで、「此岸に立ち続けた思想」という文を共同通信に載せています(東奥日報3月24日)。

 ――(吉本さんは19)64年には、「井の中の蛙(かわず)」は外に虚像を夢見る限りは「井の中の蛙大海を知らず」のままだが、もしそのことに抵抗できて「井の外」に虚像を見なければ、そのときには「井の中にいる」ことが「井の外」とつながっている、内にあっても「大海」に通じる思想をつくることは可能だ、という名高い主張を行った。

 でもそれは、「此岸」にあっても「彼岸」に行けるということではなく「此岸」(国内体験)に立たない限り、「彼岸」(世界思想)には立てないぞ、ということなのだ――加藤氏はこう書いていました。

  《いま、ここ》に身の丈サイズの暮らしがあり、俗的な悩みをもつ私がいて、苦しみをもつあなたと向かい、笑い、語らっている…という「此岸」(俗・娑婆)にしっかり立つことなく、理想、世界思想、真理にいたるのはむずかしいことだ、というのです。しかしちょっと考えてみると、これは、当たり前なこと。でも、当たり前なことに多くの努力を傾けなければならないからこそ、人間存在に深い問題があるのです。

  私たちは、なぜか、《いま、ここ》ではなくて、《あちらの》虚像に魅かれます。誰でも「隣の芝生は青い」と嫉妬し、うらやみます。これを食べるか、あれを先に食べるか、迷いバシは日常。何かを手に入れた途端にまた別のものが欲しくて、視線はキョロキョロさまよいます。禅で言うところの「仏に会う」という虚妄もあります。願望は「仏」すら創り出すというのですから根は深い。

  都会の街にはLED掲示板のニュースやデモ画像で「どこかの誰かのことを」流し、監視カメラは行き来する人を「誰かがいつか見るために」記録します。電車に座った人は横に並びながら、ケータイを眺めては「どこかの誰かと」交信。誰もが、いつも《いま、ここ》ではない「どこか」を浮遊するのがこの「フツウ」の社会。

  受託資産1500億を消失させたAIJの浅川社長は、「あと100億あれば取り戻させる」といいました。彼も《いま、ここ》ではないどこかの「金の世界」を生きています。目だないのですが、ことさら悲観的未来、悪趣味の世界を描く人もいますし、《いま、ここ》の存在すら確信できない人もいます(私は、後者はちょっと怖いし、苦手だなあ)。

  《いま、ここ》にいることは、ほんとうにむずかしいことなのでしょうか。私たちの社会は、夢見るあまたの蛙で満たされているのでしょうか。だから、吉本隆明は「思想界の巨人」なのでしょうか?…問題は深いようです。

 ともかく、暮らしあう世界と思想世界、頭の世界とは重なり合いつつも、まったく別ものなのです…。

■子どもを産み、育てない地域

 車でわずかばかりの市街地を抜けて、八甲田の山裾、陸奥湾の海辺をドライブし、小さな集落を通りぬけると、人々の暮らしがダイレクトに感じられる空間がずっと広がります。車を走らせるほどに道行く人は少なく、コンビニも、電光掲示板もない。あるのはホタテ、リンゴの看板。農地の軽トラにのせられた野菜のコンテナ。海辺の作業小屋に積まれたホタテのアミ。林のなかのサイロ。

 まるで止まったような風景が見えてくるけど、それは、誰かを待っている土地。思わず実家に帰るような懐かしさが胸のなかにこみ上げます。風景の奥から、そこで暮らす見も知らぬ人々の息づかいや心拍が、通りすがりの私にもはっきりと伝わるのです。

  『限界集落の真実――過疎の村は消えるか?』(山下祐介、2012、ちくま新書)。著者の山下氏は昨年度まで弘前大学の准教授でした。本のなかには青森の各地が取り上げられています。鯵ケ沢、旧相馬村、旧碇ヶ関村、下北半島。もちろん県外も。東北地方のほか、京都、高知、島根、鹿児島。

  この本の山下氏の話で、《いま、ここ》の問題にひきつけて興味深かったことが二つありました。

  一つは、「限界集落」という言葉につきまとう、日本のどこかの集落が、ひとつまたひとつと消えていているというイメージのことについてです。この言葉が、学問レベルで生まれたのは1990年代初めです。国交省がこの問題を取り上げたのが2007年で、この年をきっかけに広く世に知られるようになりました。

  ところが、この間、「自然に」消滅した事例はまだなく、開拓集落が第1次産業の衰退に伴い、元の集落に吸収されたとか、ダム工事などで立ち退いたなどの事例以外に消滅した集落はないと山下氏は主張しています。これは驚きです。

  「限界集落」といわれる過疎地を支えたのは、昭和一ケタ世代です。高度経済成長期にはいり、大都市圏は強力な吸収力で、全国各地の村から労働力を吸い寄せました。村を出た若者たちの上の世代、昭和一ケタ世代が村に残り、彼らが子どもを育て、村を支えたのです。彼らが80歳代になる現在、「限界集落」はもちろん喫緊な課題ではあるのですが、彼らがつくってきたネットワークが集落の消滅をしぶとく防いできたのです。そこに注目してほしいと、山下氏は指摘しています。これはだいじなことです。

 人の暮らしは理屈どおりにはつぶされない、強さと切実さがある、これは人の世に関するリアルな描き方だと思うのです。頭で描いた架空な理屈は、かえってそこに暮らす人々の足を引っ張るのですから。

  二つ目は、以下は人を吸い上げた側の大都市圏の性格についての記述です。これがえらいことです。

 ――人口増加型大都市圏社会は、その合計特殊出生率を見ると全国47都道府県のなかでも最下位の方に位置する都道府県ばかりであり、人口再生能力がとくに低い地帯でもある…現地点においてもなお、周辺地帯の方が、人口再生産能力は相対的に高い状況にあり、要するに人口増加地帯は、人口を吸収するだけで、子供を産む力の極端に弱い場なのである――(P266-267)

 過疎地、限界集落では、ある世代が防波堤のようになって、大都市圏からの吸収力を防ぎ、人を育て、ネットワークを維持してきました。しかし、その一方の大都市圏は自らが人間を育てるより、過疎地、限界集落に人材を吸収し続けることに関心をもってきたのです。

 こんな自分勝手の大都市圏、いびつな中央―地方関係が、近代・戦後社会の先端モデルになってきたのですね。知りませんでした。

 この指摘はすごいですね。ということは、私たちが《いま、ここ》を探そうと思うならば、むしろ過疎地、限界集落といわれるようなところにいかなければならない、ということになりかねないのですから。わたしたちは何か、いままで、方向を180度ちがっていたのかもしれません。

 都会は、労働力を吸い上げただけでなく、《いま、ここ》がもっているエネルギーを吸い上げることによって肥大してきたのです。都会に、《いま、ここ》ではないものがあふれているのは、しかたがないということになります。

 なぜか、人の少ない土地に人間の生活と暮らしが感じられる。それは、山下氏のこの二点の指摘にわけがあるのです。

2012年3月17日

E

Filed under: つぶやき — toshio @ 5:20 PM
土曜の雨降り

土曜の雨降り

 推理小説『八百万の死にざま』(1982年、早川書房)の主人公はマンハッタンで活動するアルコール依存症の探偵だった。

 彼の生活は常に飲酒との闘いのなか。あるとき、どうしようもない飲酒の願望が押し寄せた。いまにもスリップしそうになり、真夜中でも開いているAAミーティング(アルコール依存症の回復者のつどい)に駆け込む場面があった。

 ニューヨークには真夜中ミーティングすらあるのかとびっくりしたものだった。

 陰惨な事件、残酷な現場をたどる推理小説の魅力は、真実に近づきながらハラハラドキドキするストーリーだけでなく、主人公の人間臭さ、個人の日常生活がもう一つの魅力だ。

 新聞の本のコーナーで、『シンドロームE』(フランク・ティリエ、2011年、早川文庫)が紹介されていた。この小説に統合失調症の刑事がでるそうだ。ぼくは思わず書店に駆け込んだ。彼にはどんな魅力が描かれているのだろうと。

 フランコ・シャルコ、50歳を越えてしまった刑事、心理分析官。いかつい身体と推理力、別名シャーク。しかし、かかわった事件が契機になり、奥さんと娘を亡くしてしまった。暗い過去以来、彼と会った誰もが、彼に孤独を感じ取る。彼はくすんだ部署に移り、統合失調症を病み、彼の世界には妄想の少女ユジェニーが棲みついた。

 妄想少女・ユジェニーは青いワンピースとバックル止めの赤い靴を身につける。ブロンドの巻き毛をゴムで束ね、カクテルソースとマロングラッセが好み。ところが、シャルコは彼女の悪口雑言に悩み続けている。彼がユジェニーの言うことを聞かないと、娘と妻が死んだのはシャルコのせいだと言いたてて、心底傷つけるずる賢い少女だ。

 バカンスが始まる7月、猟奇的事件が起た。以前の上司が、資料室務めのシャルコを現場に呼び戻す。心理分析が必要だからだ。シャルコの生活はしばらくぶりの事件で、一変。静かな時間を奪われ、ユジェニーは苛立つ。

「ねぇシャルコ、仕事なんかして欲しくないわ。骸骨とか死体だとか、そんなの怖くていや。あなたの娘エロイーズだって怖がっているわよ。なのにどうしてまた仕事を始めて、私を苦しめるの?」

「黙れ。エロイーズのことを言うのはやめろ。おまえなんか、治療でいなくなっているはずなんだ。とっくに消えているはずで…」

「いいからすぐにパリへ帰りましょう。汽車で遊びたいの。私に意地悪して骸骨なんか見に行くと、とんでもないことになるわよ」

 ずいぶん、自己主張する妄想少女だ。ユジェニーのあれこれの罵倒に耐えながら、事件を追うと、手がかりはベルギーに、エジプトにと広がる。エジプトに飛んだシャルコが殺されかかった時ですら、ユジェニーは辛辣だ。

グルグル巻きにされ砂漠のなかに連れて行かれ、シャルコは椅子に縛り付けられたまま焼き殺されそうになる。

「ねえ、フランク、こんなところで何しているのよ? ほかに道はあったはずよ」

縛られたまま頭突きで殺人者を突き飛ばすと、形勢逆転。なんとか窮地を脱する。ところがユジェニーは

「いつだってこうなんだわ、あなたの人生は。死と恐怖と苦しみと…私は十歳にもなっていないのよ、フランク。なのに、ここ何年も、あなたが用意する光景を拝まされて。胸が悪くなりそう」

 ほんとうにユジェニーには参ってしまう。

 シャルコの追う事件とは別に、謎の映画をめぐる殺人事件を、リューシー・エヌベル女性刑事が追っていた。エヌベルは双子の娘をもつシングルマザーで、困難な事件であっても、立ち向かおうとする気性の激しい人だ。

 エヌベルとシャルコとの事件が結びつく。事件の源はカナダ、しかも1950年代の精神病院だった。精神病院というものの、それはある種の実験室だった。二人は事件の核心に近づくほどに、危険に遭遇。しかし、ひるまずに突き進むうちに、互いに魅かれあう。

 やがて二人は愛し合う。それは、シャルコにとっては妄想少女ユジェニーとの別れでもあった。

…ユジェニーはまだそこにいた。両足をそろえて立ち、手を太腿のあたりにぴったりくっつけて。

シャルコは彼女が泣くのを始めて見た。

その一瞬が永遠に続くかと思われた。今度はシャルコの目が涙で曇った。

 少女はシャルコに微笑んだ。そして小さな手をあげると、親しげな合図を送った。シャルコは目に涙をため、同じように手をあげて応えた。次の瞬間、ジェニーは部屋を出ていった。一度もふり返らずに。

 美しい別れだ。シャルコの絶望と孤独の世界に入り込んだ妄想少女ユジェニーは、長い期間を彼とともに過ごし、やがて新しい愛の世界が訪れた時、微笑みながら別れたのだった。

 映画『ビューティフルマインド』にも妄想少女が出ていたが、こんな整った病気のストーリーは、フランスでも現実ではなく小説だからだろう。

 推理小説なので詳しくは書けないけど、『シンドロームE』には「怒りという狂気」がテーマの一つだ。狂気からではなく、正気から生まれる真に暴力的な怒り、凶暴さ。残虐で、容赦なく、徹底した異常な怒り。それをコントロールしようとする医療、映像。そして怒りの伝播とジェノサイド。これらが絡みあう。著者は、現代が怒り(凶暴さ)の時代であり、人類は自らのジェノサイドにつき進んでいるのではないかとも示唆する。

 シャルコが統合失調症であるという設定にしたのは、いくつか理由があるようだが、もしかしたらこの種の怒りから遠い存在だからかもしれない。ユジェニーは部屋の中の汽車遊びとマロングラッセがお気に入りだった。しかし、凶暴さはそんなものには目もくれず、獰猛に他者に向かう何かなのだから。

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