なんとなくサンネット日記

2010年12月27日

苦楽を共にする

Filed under: つぶやき — toshio @ 12:32 PM
年末のいろは通り

新年の準備

今年も残り少なくなりました。

グループホームひいらぎにとって年末年始はたいせつな時期。安心してみんなで年を越し、新年をむかえたい、そんな気持ちがあるのです。そんなこんなの準備でドタバタしています。

少し時間が取れたら読みたいと思っている本が、もう4冊に。つんどく状態です。そのなかの1冊が、『哲学する赤ちゃん』。面白そうだなとぺらぺらとめくっていました。

著者のアリソン・ゴブニックがおこなった赤ちゃんのある実験。赤ちゃんが他の赤ちゃんをどのように理解し、どのように反応するかを調べました。

目の前に、ブロッコリーとクラッカーがあります。その食べ物と他の赤ちゃんと、どのように選択し、反応するか、観察したのです。

生後14ヵ月の赤ちゃんは、自分が好きな食べ物、たとえばクラッカーを他の赤ちゃんにあげようとします。相手の赤ちゃんはクラッカーよりブロッコリーが好きでも…。

この実験では、自分の好みと相手の好みが異なる場合、相手が嫌いなものを食べるという苦痛を、どのように扱うかという課題を与えていたのです。

赤ちゃんは18ヵ月になると、相手が好きな食べ物、それが自分が嫌いなブロッコリーでも、選びとって、隣の赤ちゃんにあげようとするようになるのだそうです。

ゴブニックは、1歳半になると、嫌いなものを食べるのが苦痛であることを相手の表情から読みとり、その苦痛を取り除き、あなたが欲しいものが手に入るように手伝いますよ、という一種の道徳的行為をしているといっています。

――共感は道徳の基礎ですが、道徳的な行為の実践にはそれだけでは足りません。たとえば誰かがけがをしたとき、あなたがそこでいくら泣こうが一向にその人の助けにはなりません。それだけなら独善になってしまいます。利他主義の本質は、相手に共感できなくても、その人が苦痛に感じているなら取り除こうとするところにあります――(『哲学する赤ちゃん』2009.青木玲訳.2010.亜紀書房.p298-299)

共感は「共苦」に根ざしているかもしれません。そして、共苦に裏打ちされた共感が、道徳に発展していくのかもしれません。しかも、そのルーツは1歳半にあるのかもしれません。これは、じっくり読んでみたい本です。

そういえば苦楽を共にした仲という言葉があるなあ、と頭に浮かびました。苦しいことは嫌なことです。なくなればいいと誰もが思います。でも「苦」は、私たち人間の共感やつながりのルーツのひとつかもしれない、ならばこの世はほんとうに不思議なつくりになっているものです。

さて、本を読みながら降る雪を眺める…そんなひとときをもつことにしましょう。

2010年12月19日

身構える偏見と降りていく柔らかさ

Filed under: つぶやき — toshio @ 5:33 PM
古川1丁目

まちのなかの鳥居

看護学生にむかって、福井さんが話している声が耳に入った。

「べてるの家の向谷地さんもいっていたけど、医療従事者にも精神障害者に対しての偏見ってあるんです。かえって普通の人より強いくらいに…」

ほんとうにそうだよな、パソコンにむかっていたぼくは無言のまま同意していた。

専門家、関係者…、精神病にかかわる人々のなかにある、病気に対する偏見、差別をいろいろなところで目にしてきた。自分自身をふりかえってもそれはある。

でも、「だから、だめなんだ」とぜんぶをまとめて一刀両断にしてしまっては、どうしようもない。

無知から生まれた非人間的な偏見があるが、暮らしや仕事のなかで体験した恐怖感や孤立感が差別意識になる場合もある。

なぜか福井さんの言葉が頭に残っていて、次の日に街を歩いた。そして、考えた。

医療従事者などの専門家、関係者が、精神病に向き合いながら、どうしようもなさ、深い無力感、絶望的な気分を味わうことはままある。

それは、病気をしている本人が体験している世界が現実に反映しているのだと、頭で理解しようとするが、次から次から直面すると、自分のなかに固定的な姿勢をつくりはじめる。その一つが偏見や差別だ。

露骨な偏見でなくとも、回避したり、見えないふりをしたりするマイルドな差別(的な対処?)もある。実にいろいろなバリエーションがある。

そういえば、新潟の清水義春さんがこんなことを書いたことがある。

「精神障害とは、家にも学校にも、職場にも地域にも居場所がなく、自分でも自分が嫌いになってしまった、孤独でさびしい心の病のことです」

「人間にとってそんな一番辛い病を引き受けた人たちが、仲間をつくり、弱さを絆に地域で働くことは、たくさんの一人ぼっちの人たちのところに降りていき、救う、コミュニティ再生の原動力となるのです」

前段。自分が自分を嫌いになる病気の人がいる。ある関係者は、同じレベルで、自己の恐怖感にもとづく拒否的な態度で、病気とむきあう。これは対称的な関係だと気づく必要がある。病気の人といっしょに、関係者は病気を嫌悪しているということだ。

ならば、後段。病気をのりこえて、仲間をつくり、弱さを絆に地域で働く障害者の人がいる。その対称になる関係者も、自己の恐怖感、孤立感をのりこえるステップがあるということだ。

無力感、恐怖感、孤立感、それらが一時的にかたちづくった差別や偏見は、実は大きな問題ではない。これはのりこえるべき課題である、ということをはっきりさせないことが大きな問題だ。

相手に対するネガティブな感情を見つめ、それと闘い、のりこえる時に(あるいは闘わず静かに降りていくとき)、「たくさんの一人ぼっちの人たちのところに降りてい」く障害者と、互いの世界の深いところで、手を握り合うことができるのではないだろうか。

心の奥からの和合…それは、まだまだ夢見たいものなのだ。

2010年12月4日

共に暮らしているということ

Filed under: つぶやき — toshio @ 6:07 PM
82年の文章

健常者へ

11月5日にふれた『ふれあいの会の会報』(1983年1月発行)には、私も「健常者として健常者へ…共に考えるために」という4500字の原稿を載せた。

原稿の趣旨は、障害者と健常者の両者を対立的にとらえる立場があるが、貧しい健常者と障害者が共に支え合ってきたという事実、現実にも目を向けたい、というものだ。

『会報』は和文タイプライターでつくった。

この頃、職場に和文タイプがあり、私も遊びでタイプライターを楽しんだ。職場や学校では、ガリ版、謄写版が使われ、手書き中心の時代だったから、機械文字がうれしかった。なぜ仕事に必要のない和文タイプライターが職場にあったのだろう。いまではその理由が思い出せない。

一字、一字、活字を拾っては打つ。文字を間違えたら、紙を機械からはずし、修正液で修正。データは印字された紙だけ。ワープロ時代が始まるずっと以前のことだった。

『会報』ができて、仲間に渡すとき「印刷会社で作製したもののようでしょう」と私は誇らしげだったし、仲間は出来栄えに感心し、読んでくれた。ここには手づくりの物と手づくりの関係があった。

ところが、いまやパソコンが普及したため、印刷のプロも、通常の事務員も、DTP(Desktop publishing)という「卓上出版」作業にかかわる。機械文字の資料や会報があふれ、手書きが珍しい。

早いスピードでたくさんの資料が作成され、プリントアウトされるものは少ない。ぺーパーレスでデータのままやり取り。受け手が自分に都合よく変更し、あやゆる部署でストックされている。

私も含め、誰もがずいぶん大きな社会的変化を生きてきたと思う。『会報』から「わずか」30年である。

当時、私は次のように書いている。

――たとえばこのような人から何かを学びたい。

精神障害者の兄をかかえ、一家を支えるために東北の寒村で百姓を続けたため、結婚の機会すら逃してしまった男の節くれ立った掌の感触を知りたい。

ボケてしまった父親のために、日雇い仕事に行けず、一晩に何十回ともなく父を便所に連れて行かねばならない息子の、背中の温かさを知りたい。

重度の身体障害者で知恵遅れもある大柄の息子を、毎日車イスに乗せて、近くの踏み切りまで電車を見せに行く、老夫婦の身体の痛みを知りたい――

私がこの年(82年)に出会った人々である。

地域、家族関係、福祉制度が大きく変わった現在、このような人々は「救われている」はずだ。障害福祉サービス、高齢者のデイケア、ショートスティなどが役に立っている。

彼らのような生身の、手づくりの、「いのちをかつぐ」ような関係は少なくなっただろう。しかし、だからこそ、システムに人間性までゆだね、生身の関係が失われてしまうのではなく、システムがあるから生身の関係がもっと豊かに広がる、そのような折り返し地点をどこかで、誰かが切望しているはずだと思うのである。

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