なんとなくサンネット日記

2010年5月31日

Here comes the sun

Filed under: つぶやき — toshio @ 2:57 PM
問屋町は日曜日だった

問屋町は日曜日だった

Here comes the sun                ほら 太陽が

Here comes the sun and I say       太陽が顔を出すよ

It’s alright                         もう大丈夫だ

 

Little darling, it’s been a long, cold, lonely winter     リトル・ダーリン 長く冷たく孤独な冬だった

Little darling, it feels like years since it’s been here  リトル・ダーリン 何年もじっと堪えていたような気がする

 

Here comes the sun                ほら 太陽が

Here comes the sun and I say       太陽が顔を出すよ

It’s alright                         もう大丈夫だ

 

Little darling, the smiles returning to their faces  リトル・ダーリン みんなが微笑みを取り戻す

Little darling, it seems like years since it’s been here  リトル・ダーリン 長い間見ることのできなかった光景だ

 

Here comes the sun                ほら 太陽が

Here comes the sun and I say       太陽が顔を出すよ

It’s alright                         もう大丈夫だ

 

Sun, sun, sun, here it comes    太陽だ・・・・待ち焦がれた太陽が現れる

Sun, sun, sun, here it comes    太陽だ・・・・待ち焦がれた太陽が現れる

 

( 訳詞は、http://beatlesbeatles.blog39.fc2.com/blog-entry-165.htmlからです。)

 

2010年5月22日

ひたい

Filed under: つぶやき — toshio @ 4:16 PM
  
柳町通りのりんご

柳町通りのりんご

 中西進さん(奈良県立万葉文化館館長)の「メ」「ミミ」について(5月15日)のちょっとした補足。『ひらがなでよめばわかる日本語』(新潮文庫.2008年.中西進)にその話が書いてあります。

 本では、身体の部位が植物に対応しているだけでなく、もえる、さかり、かれるなど人の一生も、植物の様子と対応していると展開していました。
 ところで、植物との関係の話題から離れて、「ひたい(額)」について興味深い話がありました。

 ――深く頭を下げて拝礼することを「ぬかずく(古語はぬかづく)」というとおり、「ぬか」とは「おでこ」のこと。では、「おでこ」には、すでに「ぬか」というよび名があるのに、なぜ、あらためて「ひたい」といいうのかというと、この部分こそ、ものに対しても、人に対しても、真っ直ぐに向き合う場所だと考えられたからです。「ひたい」の「ひた」に漢字をあてれば「直」。まっすぐな道を「ひたみち」といいますが、「ひたすら」とか「ひたむき」とか、そういうのが、「ひた(直)」です。つまり、相手に向き合うのは、手でも体でもなく、「ひたい」でした――(P21) 

 「ひたむき」な姿勢を、「ひたい」の位置で感じとるというくだりは、私にとってちょっとした衝撃でした。ひたむきさは、つぶらな眼でも、りりしい表情でも、さわやかな弁舌でもなく、ひたいが「ものに対しても、人に対しても、真っ直ぐに向き合」っているかどうかということです。

 そういえば…ともうひとつ思い出して、私の中で、画家、小倉遊亀の『径』(こみち)という絵につながりました。NHK日曜美術館5月16日、「梅のように生きたい 小倉遊亀 105年の画道」で見た絵のことです。

http://www.gallerysugie.com/mtdocs/artlog/archives/000051.html

 夏の昼下がり。若いお母さんと幼い娘がお出かけです。娘も日傘をさし、お母さんのまねをしているのか、巾着を下げています。犬も得意げに後ろからついていきます。娘は目が描かれていませんが、おかっぱ頭のひたいから、健気さ、ひたむきさが表れてくるようです…そう感じます。この幼子の健気さがこの絵の全体を明るくしているのです。

 そう考えると、目は描かれなくて、いいのでしょう。この絵のほぼ中央にかさを握り締める手があって、その手を、何気なく祈るような「ひたい」が支え、手とひたいで全体のトーンを決定づけている。かえって目があれば、絵は重くなり、バランスは分散したでしょう。ひたいの印象を大切にするために、目は必要なかったのです。…この絵は、ひたいがもつ「効果」(?)の証明になるかもしれません。

 さて、ある人が実直かどうか、真面目に語っているかどうか、正直かどうか…それは、ひたいが「真っ直ぐに向き合」っているかどうか…。

 なるほど、わかりやすいですね。

2010年5月19日

悲し・哀し・愛し

Filed under: つぶやき — toshio @ 4:25 PM
1954年の思い出

1954年の思い出

■万葉文化

 15日早朝、ラジオ深夜便「明日へのことば」。ゲストは、奈良県立万葉文化館館長の中西進さんでした。漢字が渡来する前の日本の言葉、「やまと言葉」についてのお話です。

 ふとんのなかでとうとうとしながら、「面白い話だな」と思いつつ、寝てしまいました。この時間、不思議なのですが、面白い話や聞いていて気持ちよい話は眠くなります。

 さて、眼がさめると何の話かほとんどおぼえていません。それでも、わずかに、万葉の時代の人は人間の身体を植物に照らして名づけた、という話の始めはおぼえていました。

 ■芽=メ=目

 「芽=メ」は内なる力が始まるところ、だから人間では「目=メ」。そして、「花=ハナ」が現れ、人の「鼻=ハナ」もあらわれる。「実=ミ」はできごとが結実するところで、人では「耳=ミミ」になる…といった話。半分寝ていましたから、怪しいところもあると思います…。

 現代人はモノの外見や機能に着目して名づけることが多いのですが、万葉人はモノの内側にある働き、働きを描く世界観によって名づけたということです。いまの私たちとはかなり違った見方をしていたが、そこには学ばなければならない智恵がたくさんありそうだ、そんなふうに思いました。

 目は今のように探る道具ではなく、自分の内側の力を発揮し始める部位だった。そして、できごとを結実するための耳は、「聴く」=理解する、ものごとをはっきりさせるモノ。現在とは逆転の発想です。では、そもそも「メ」や「ミ」はどのような世界のなかにあったのだろう、どんどん私の思いは広がります。 

■かなし(悲し・哀し・愛し)

 中西さんの話を聞いたのち、近所の本屋をブラブラしました。彼の本は見つけられず、柱の陰にあった『「かなしみ」の哲学――日本精神史の源をさぐる』(竹内整一、NHKブックス、2009)を手にしました。読んでみると「やまと言葉」についてふれています。しかし「メ」「ミ」などのモノではなくて、「かなし(悲し・哀し・愛し)」という心の動きについてでした。

――やまと言葉の「かなし」とは、そのカナが「…しかねる」のカネと同根とされる言葉で、力(ちから)が及ばずどうしようもない切なさを表す言葉である…自分の思いや願いがかなわず、いやおうもなくその有限さ・無力さを感じさせる感情である。(P12)

――何ごとかをなそうとしてなしえない張りつめた切なさ、自分の力の限界、無力性を感じとりながら、何もできないでいる状態を表す言葉だということである。現在では失われた「愛し=かなし」という用法でも基本は「どうしようもないほど、いとしい、かわいがる」で…「どんなにかわいがっても足りない」という及ばなさ・切なさが「愛し」なのである。(P55)

■達成も獲得できないところに世界を感じる

 いま「悲し」といえば、その原因が外にあって、何らかの影響を人に与えて、その結果の状態であるようにイメージします。万葉の人はまったく違っていたのですね。

 強い感情が自分にある。それはいまでいえば、「悲しい」「愛しい」「おもしろい」「すごい」「くやしい」などいろいろな感情だけど、その感情は満たされない。なぜなら、人間の、あるいは人間社会の事情や条件がどうしても、その思いとその対象をわけ隔ててしまうから。人間存在、人間としての限界、そこで「かなし」が生まれると万葉人は受け止めていたのです。 

 当時の人はなんと「心の動き」に繊細だったことでしょう。心が向かう対象に着目しているのではなく、対象に思いは届かず、届かないところで揺れ動く思い、そこを表現しています。

 ここには人間存在の限界を見つめるという、いまは失われた感受性があります。そしてこの感受性は分かち合いを前提としているのです。このような世界では「悲し」を超えるものは、モノではなく、ヒトでしかありえないからです。

 悲しみを分かち合うことがむずかしい現代の私たち。自分自身の心の動きに鈍感になり、外側ばかりに目や耳を凝らす感覚に、その根っこがあるのかもしれませんね。

2010年5月10日

ヒューマン・エコロジー(人的環境)

Filed under: つぶやき — toshio @ 11:45 AM
竹やぶのある寺

竹やぶのある寺

 神野直彦の『「分かち合い」の経済学』によると、ローマ法王ヨハネ・パウロ6世が1991年に出した「レールム・ノヴァルム」(回勅)では、人類の未来について、たいへん重要なことを述べていたそうです。

  「自然環境の非理性的な破壊に加えて、より深刻な人的環境の破壊を指摘しなければなりません…自然環境や人的環境といった、市場の力だけでは保護されない公共財を保護し、保全することは、政府の使命なのです」(p9、192)

  このように、自然環境と人的環境、二つの環境破壊について、警告を発していたのです。

  2010年の現在、この間、いかに人的環境が破壊され、人間関係の相貌が一変したか、実感します。

 いままで政治的変化、経済活動の変貌、地域や家族の弱体化、社会的風潮…などといわれてきたこと、その多くは、結果として、人的環境の破壊に結び付くことがらだったのです。この20年、あまりにもひどい人的環境の破壊を目の当たりにし、ようやくこの言葉が実感できるようになったのです。 

 私が子供の頃、60年代、海水浴に行っていた海岸が汚れ、貝が少なくなり、畑が道路に変わった時、まだ、環境破壊だとは知りませんでした。70年代になり、水俣病の悲惨さが知られ、有吉佐和子の『複合汚染』が書かれ、川崎などの公害患者の声が届くようになって、初めて、環境破壊だと理解できるようになりました。

 人的環境の破壊も、ある境界を越えて、著しくなったいまだから理解できるのでしょう。

 そもそも、人的環境は、人間と人間の“仲間”としての「結びつき」「分かち合い」によって織り成されたものです。(「社会」societyという言葉はラテン語の「仲間」sociusに語源があるそうです。p106)

  人的環境の要素である「結びつき」「分かち合い」を破壊し、織物をばらばらにしていくものはなんでしょう。「仲間」を、「絆」を、奪っていくもの、それはどのような力なのでしょう。

 “他者を自己利益追求の手段とみなす考えと力”、これがこの10年ほどありとあらゆるところで肥大化し、増殖しました。これが、方向を誤った力ではなく、人間を破壊する「力」でした。

  人的環境という秩序、価値に接近し、依存し、そこから自己の利益を奪おうとする力。これ自身を破壊することはできません。それでは、私たちはただ破壊されていくだけでしょうか。

 そうではないと思います。どのように小さな営みであっても、ささやかな試みであっても、悲しみ、辛さを分かち合い、つながりあい、励ましあおうとする行為。このなかにだけに、私たちの世界の未来があるのだから。 人的環境を破壊する力は、それ自身に創造的な力はないのです。

…4年ぶりの墓参りをし、お昼に新茶を飲みつつ、年老いた兄弟4人で話をしました。まちのあちこちにある小さな茶畑。八十八夜をすぎた日差しの中、さやさやと風が吹いていました。

2010年5月5日

悲しみの分かち合い

Filed under: つぶやき — toshio @ 11:23 AM
川のほとりの老夫婦

川のほとりの老夫婦

――スウェーデン語に「オムソーリ(omsorg)」という素敵な言葉がある。「オムソーリ」とは「社会サービス」を意味するけれども、その原義は「悲しみの分かち合い」である。

「オムソーリ」は「悲しみを分かち合い」、「優しさを与え合い」ながら生きている、スウェーデン社会の秘密を説き明かす言葉だといってもいいすぎではない…。――

 これは、神野直彦『「分かち合い」の経済学』(岩波新書。2010年)の「はじめに」の文章です。「社会サービス」とは、医療サービス、教育サービス、福祉サービスを包み込む広い概念だそうです。これらの概念、サービス、システムの現状の出発点に、「悲しみの分かち合い」「優しさの与え合い」があるとすれば、なんと素晴らしいでしょう。

  「サービス」は名詞ではなくて、本質的には動詞だったのです。自分の外にあるものではなく、私とあなたの内側にあるものだったのです。そう思うことで、私は、遠くの星を眺めているような広い気持ちになれるのは不思議なことです。

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