なんとなくサンネット日記

2010年4月28日

人がわかる、わからない

Filed under: つぶやき — toshio @ 12:29 PM
古い家と地域

古い家と地域

 加賀乙彦『不幸な国の幸福論』(集英社新書。2009年)が、本屋で平積みになっていました。

 加賀は1929年生まれの小説家・精神科医。だから、80歳になったのですね。ぼくは、死刑囚を描いた小説「宣告」を読んだことがあって、その印象から、まじめで神経質な方だろうと思っていました。

 30年後に書かれたこの「不幸な国の幸福論」は、いろいろな新しい知識を織り交ぜ、しかし肩の力を抜いて書かれています。若い人にやさしく語りかけているような洒脱な文体です。

 加賀乙彦は1950年代後半にフランス留学をしたことがあります。フランスでの臨床経験を日本でのそれと比較して書いているところにたいへん興味深いものを感じました。

 フランスでは、「人間には『他者から見える部分』と『他者からは絶対に見えない部分』とがある」と考える人が多く、見えない部分については自分からオープンにしない限り、他の人に知られることはないという確固とした安心感がある、そうなのです。

 ところが、日本の場合、自分のすべての部分が、他人に見透かされているという感覚、あるいは恐怖心があるというのです。そうかもしれないと思いながら、この個所を読みました。(P42)

 実は、人間は人間を、あるいは人間は己を、「知りえる」のですが、同時に「知りえません」。(たぶん、知る対象=名詞ではなく、「知る」という動詞のところに、ことの本質が隠されている気がします)

 「知りえる」「知りえない」のどちらもありえるという言葉上の矛盾を、社会の基礎に置いて、社会を成り立たせることはできません。どうしても、「わかりえる」か「わかりえない」かのどちらかに重心をおいて、文化の土台を築くはずです。

 ある観念は文字の表現方法になり、儀式や祭りなどの社会文化に反映され、やがて建築物や都市の形式、法律、経済の仕組みなど、物理的で巨視的なものとしてあらわれます。そうなったら、もう、観念は世界そのものです。

  人は人の隠れた部分を知りえるのか、それとも知りえないのか。他者とは、自分の秘密を暴露する望まない存在か、それとも奥深い悩みを受けとめてくれる優しい存在か。

 このような見方の違いは、個人という独自性のとらえ方、人間関係のありようの見方に発展し、展開するでしょう。

  フランスでの臨床では、統合失調所の症状で「他人と同じ心や顔になってしまった」「自分の独自性がなくなってしまう」という訴えが多いそうです。ところが、日本では、他の人と違ってしまった、だから嫌われるといった「違う」ことへの苦悩に結びついているという彼の指摘は、よくわかります。

 でも、わかるか、わからないかは両立不能なのではなく、その隙間に、人間関係の機微を埋め込む努力を日本文化は繰り返し、行ってきたようにも感じます。

  写真には、家が二軒並んでいます。立っている木が二軒の境です。奥の方は、私の家族が1994年から97年の二年余暮らした家です。たぶん戦前に建てられた家でしょう。土壁で、家の中はふすまと障子で仕切られ、ご近所とは肌を寄り添うように接しています。声や音は、それとなく広がり、やがて静かな地域の空間に溶け込んでいきます。最近、12年ぶりくらいに訪問したときの写真です。

 考えてみると、「わかる」と「わからない」の隙間――家の構造や地域の作り方の変化によって――隙間がなくなったのが、いまの社会問題につながっているのかもしれません。生命の豊かな干潟が、コンクリートの堤防で埋め立てられ、環境が貧しくなるように、どこか硬質の空間が増えて人間関係も貧しくなったのでしょう。

 “他者が「わかる」か「わからない」かは明確”。そう感じる感受性が、他者の存在そのものをクリアーカットし、つまり貧しい人物像にしてしまったのではないでしょうか。それ自体がいろいろな社会問題のひとつの根源かもしれません。

 現実世界からネットのバーチャル世界に撤退し、そこで、反応してほしいと切なく求める人には、「知られたくない」気持ちと「わかってほしい」という願いが、入り組み、交差しながら、行方を求める心があるのだと思うのです。

2010年4月8日

信頼のなかの「情報」

Filed under: つぶやき — toshio @ 2:01 PM
春、ホタテの仕事を終えて

春、ホタテの仕事を終えて

 法政大学大学院教授、藤村博之さんの話です。

 ――企業が求めている人材というのは、第一に、大事な情報をちゃんと収集できる能力があるか、これがあると思います。大事な情報というのは、実は、ネット上にはないんですね。大事な情報は人の中に蓄積されています。

 ――ですから、ある方に会って、その人と信頼関係を築いてその上で、この人だったら、こういう情報を出してもいいかなという、そういう人との関係が作れる人、こういう能力を持った人っていうのが、まず第一番目に必要とされています。

 ――それから、同時に、そうやって自分で収集した情報、ならびに企業のなかに蓄えられている情報がありますね。あとは、外部のネット、その他で収集した情報と結びつけて今までにはない新しいものができる、新しいものを考えつける人。

 ――三つ目に、実はこれが一番難しいんですが、そういうアイデアを実行できる人、こういう三つの能力を、兼ね備えた人を企業は求めています。―― NHK「クローズアップ現代」4月6日放映『アジアの“人材”を呼び込め』http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=2871 

 中国・インドなど新興国では優秀な人材を求めています。日本も国外の優秀な人材を求めているのですが、国外の学生や若い人を受け入れるのに日本社会はハードルが高く、また支援も少なく、人材確保に問題があるということが番組のテーマでした。

 現代企業が求める人材は国内で少なくなり、なのに海外にも人材を求めなければ、日本企業は衰えていくのではという文脈のなかで、藤村さんの発言がなされていたと思います。

  「大事な情報は、ネット上にはなく、人の中に蓄積されている」という観点は、ビジネスの視点だけでなく、たいへん広い意味をもっていると思います。私は興味深いと思います。

 私たちは、情報とは、客観的で、普遍的で、論理的なもの、それしかないと思いこんでいるところがあります。まるで貨幣のように人から人にわたり、別の場所に置かれても、以前と同じ価値があり、交換可能。それが情報というふうに、です。このような性質をもった種類のものを「A情報」としましょう。

 このような「A情報」はたくさんあるし、インターネット上は「A情報」であふれかえっている。でも、そんなものは価値が低いですよ、もう溢れすぎていてだいじではありませんと藤村さんはいうのです。

 正反対の性質をもつのは「B情報」。主観的で、局所的で、象徴的な性質をもつものです。「B情報」はもっている人から離れられません。離れられないから、その情報をつかむには、信頼関係を築いていかないとわからない、隠されたままということになるわけです。

  おもしろいなあと思いつつ、反面、ビジネスがその人間的な価値にまで手を広げていることに恐ろしさも感じます。「B情報」は、誰かに愛を感じる、絵画に感動する、詩に夢中になる、映画のワンシーンで涙する、夏の木漏れ日に生命を実感する、ある朝機械の油の匂いに働き甲斐を感じた…といったレベルのことに関係してくるのです。人間を人間たらしめている「情報群」です。

 人間にかかわる仕事ならば、あるいはより豊かな人間性を求める人は、「B情報」に着目しなければならないでしょう。なぜなら、人間的な価値が商業主義で占有されてしまうような社会を誰もが喜べないからです。ともかく、「信頼」が大事なものとして焦点化しているということは確かだと思います。

2010年4月5日

生命をいつくしむ

Filed under: つぶやき — toshio @ 11:43 AM
裏の畑の4月

裏の畑の4月

■ひどい体験

 ひどい体験をした人は、なかなかその体験は話せません。伝えることはむずかしく、口を閉ざしてしまうことが多いものです。

 一方、テレビをつければ、ありとあらゆる事件(そこにいる人にとっては耐え難い体験になるできごと)が、マシンガンのように報道されています。大量の人命が失われる自然災害。あまりにも理不尽な戦争。不可解な事件、事故。しかも、それはドラマ仕立てになり、エンターテイメントとして私たちは楽しんでさえいます。

 ありふれすぎていて、テレビや新聞で報道しないことだけど、長期間にわたってゆがんだ人間関係にさいなまれるといったひどい体験に至っては、掃いて捨てるほどに私たちのまわりにころがっています。私たちは「ひどい体験」を熟知している気分になっています。しかし、ひどい体験をした人から話を聞かないまま、対話を重ねないまま、そのような気分が独り歩きし、人々は何事にも驚かなくなっています。

 ある体験について勇気をもって語る。その体験はしていないけど人間的な感情をもちつつ耳を傾ける。たがいが対話をし、別々の立場から社会をよくしたいと願う。このような営みがたくさん育っていかなければならないと思います。

■15歳の東京大空襲 

 半藤一利(はんどう・かずとし)という人の『15歳の東京大空襲』があります。2月に出版された本です。本の帯には「ちくまプリマー新書創刊5周年」とあります。プリマー新書とは入門書という意味で、おそらく中・高生向けに書かれています。

 半藤さんは文芸春秋の編集者から同社の取締役となり、その後に作家になった方だそうです。1930年生まれの半藤さんは、この本の中では、11歳(昭和16年の開戦時)から15歳(昭和20年の終戦時)の少年にもどり、いまの中高生に語りかけています。

 いい本だと思います。多くの人が、この本を読んで、戦争下の人々の暮らしに思いをはせてほしいと願います。

 ――わたくしはその後、まことにながいこと、ほぼ50年近く、3月15日の空襲の夜の、やっと命をひろった話をだれにもしませんでした…ものすごい危険ななかにあって、それに負けずに一瞬一瞬に賭けた懸命な生き方、それは紙一重で…陶酔しやすい危険につながっています…戦争そのもののあやしげな魔力と結びつきやすいようです…戦争体験を語りつぐ、と簡単にいいますが、そのことのむつかしさはここにあると思っています――(P175)

  ひどい体験をした人がその体験を語らず、口を閉ざしてしまうのは、圧倒的な被害感情におしつぶされそうになるからか、と思っていました。自分の体験も重ねて、なかなか他者に伝えられないからかと想像もしていました。

 しかし、ここで半藤さんは、怪しい甘美な陶酔感に同化しそうな場合もあるというのです。考えさせられます。そして、ときとしてそういうことはあると思い至りました。

 ――(3月15日の空襲の体験をふまえて)戦争によって人間は被害者になるが、同時に傍観者にもなりうるし、加害者になることもある。そこがはじまってしまった戦争の真の恐ろしさなんです。そう考えると、これからの人間のすべきことが自然に浮かんできます。何よりも人間を尊重し、生きていることの重みをいつくしむこと、それ以外に戦争をとめる最良の行動はありません…単に戦争の外形的な悲惨さ、非情さ、残酷さを強調するだけではいけないのです…自分たちの日常生活から戦争につながるようなことを、日々駆逐する、そのほかにいい方法はないのです――(P162‐163)

  彼の提言は、戦争だけでなく、いろいろなことにも言えることです。「世の中がこうあってほしい」という願いと、「目の前の人と人の命を尊重する」行動を重ね、そのような日常をだいじにすることが、スタートであり、しかもたったひとつの方法なのかもしれません。

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