なんとなくサンネット日記

2009年9月28日

嫉妬と回復

Filed under: つぶやき — toshio @ 11:17 AM
花作業で

花作業で

嫉妬という感情は、身近にある、ごく人間的な感情でありながら、時に人間を非人間的なものへと陥れます。

ねたみ、そねみ、羨み(うらやみ)、憎む。男は男の嫉妬心があり、女は女の妬み(ねたみ)があります。

心の奥深く、持続する心の暗闇。燃えるような、激しい憎しみのまなざし…。

 

キリスト教の七つの原罪と言われるもの。「憤怒」、「嫉妬」、「貧欲」、「大食」、「怠惰」、「淫欲」、「傲慢(虚栄)」。これらのなかで、ぼくにとって、嫉妬ほど苦手なものはありません。

そこからもっとも遠ざかりたいと思う一つです。自分にないわけではないのに…不思議ですが。

 

大企業、官公庁の上級職、大きな組織の技術専門職など、サラリーマン生活での「嫉妬」はお馴染みかもしれません。

他の6つの欲望もあるでしょうが、それは露骨に出すことはできません。他の人から叩かれてしまいます。

政治家や自営・起業家であれば、その点の「表現の自由」はあるかもしれませんけど…。

上手に6つの欲望はしまいこみ、「嫉妬」だけは使い込む。それが「大人」なのでしょう。

 

ぼくが、福祉の分野に関心が向かい、精神障害関係であたふた活動してきた理由の一つ。

それは「嫉妬からの逃避」だったかもしれません。

「嫉妬」がしっかり成り立って、それが複雑に発展する世界から逃げたいと思い、「嫉妬」がほんとうに少ない場所にたどり着いたと思っていました。

 

統合失調症の人たちの花見、みんなで歌いあった「上を向いて歩こう」やアコーディオン。

夜中まで、三々五々静かに語り合っているアルコール依存症者の集いの雰囲気。

これほどまでに競わないゲームがあろうかと思いつつ、笑いに包まれた青空の下のソフトボール。

また会おうねと、握手して、駅で見送る悲しさ。

ぼくを励ましてきたのは、「嫉妬」からもっとも遠く離れた感情や風景、人間の関係だったと思います。

 

嫉妬とはなんでしょうか。

15世紀のネーデルランドの画家、ヒエロニムス・ボスが描いた『七つの大罪と四終』。

この絵には、七つの大罪(原罪)が描かれています。そして、嫉妬は犬が骨を争う姿として表現されています。日本語的「嫉妬」の語感から、「骨を争う二匹の犬」は浮かんでこないのですが…。

ネーデルランド、いまのオランダには古い次の諺があるそうです。

「1つの家の二人の主人、1匹のネズミを求める二匹の猫、1つの骨をつかんだ二匹の犬は、めったに意見の一致を見ることはない」

嫉妬とは、一つのものを奪い合う野心、他を蹴落とそうとする攻撃心だというのです。

 

それが原因なのでしょう。奪いあってはならないものを、奪い合う。

嫉妬を生み出す所有欲、他人のものを奪い取りたいという欲望。

それがエッセンスになって、嫉妬心が形作られる…。

 

負けまいとする心。自分を傷つけられた時に感じる気持ち。自分を叱咤する姿勢。

そういった気持ちは「嫉妬」の真髄ではないのです。

これらは物語の素材としては面白いのですが…。

ぼくが逃げたかったのは、嫉妬の真髄、「所有欲」と「攻撃心」でした。

 

1997年、東京の病気の人たちとの交流。酒に酔ってきたSさんが大きな声でこういいました。

「競争社会のなかで病気になった俺たちだ。社会復帰などと、もう一度、競争しろといわれたくないよ!」

その言葉はさわやかに聞こえました。そこにはひがみも、反発心も含まれていませんでした。

嫉妬心を超え、仲間を大切にしたいというSさんの思いが、ぼくには感じられたのです。

 

病気からの回復の道筋に、「所有欲」と「攻撃心」はありえないと思います。

仮に、嫉妬をテコに、病気からの回復の道筋を見つけようとする人がいたら、そこには大きな誤りがひそんでいるのです。

 

Sさんとの出会いから2年後、ぼくは奥さんとごくわずかの仲間たちとでサンネットを始めました。

 

参考)ヒエロニムス・ボス/七つの大罪と四終

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/03/Hieronymus_Bosch-_The_Seven_Deadly_Sins_and_the_Four_Last_Things.JPG

2009年9月25日

新聞報道から

Filed under: つぶやき — toshio @ 2:43 PM
池のふちにも秋が

池のふちにも秋が

サンネット日記では、考えるヒントのようなものをつぶやいていきたいと思うが、私たちにとって無関係とはいえない事件が報じられている。そのことについてふれておくことにする。

 

■全精社協・元事務局員の逮捕

9月24日、大阪地検特捜部は、福祉法人「全国精神障害者社会復帰施設協会(全精社協)」元事務局次長を逮捕した。容疑は、元事務局次長が経理担当だった平成17年(2005年)9月~20年(2008年)4月、全精社協の資金約1千万円を業務上横領した疑いである。

この事件は、組織的な事件として広がりをみせるかもしれない。しかし、現在はその全貌はわからない。

 

産経新聞(9月24日)は、元事務局次長の横領の目的を次のように報じている。

「平成19年(2007年)以降、複数回にわたり、厚生労働副大臣を務めたことがある元衆院議員ら自民党の国会議員4人に計約1千万円の裏献金をした可能性がある。全精社協は平成19年(2007年)4月、破産した財団法人から精神障害者福祉施設『ハートピアきつれ川』(栃木県さくら市)の運営権を引き継いだうえ、平成20年(2008年)7月に同施設の土地建物を買い取っており、献金はハートピアをめぐって便宜を図ってもらう目的だった可能性もある」。

そして国会議員4人のなかには元幹事長もいるという。

 

不正な手段を用いても、ハートピアきつれ川の資産価値は値するかのようだ。しかし、そんなことはないと思う。破産した財団法人とは、全国精神障害者家族会連合会(略称「全家連」)だが、破産の原因の一つは、同施設が経営の負担になっていた。赤字施設である。なぜ、わざわざ裏金を作ってまで、負担を引き受けることがあるというのだろう。

 

■「きつれ川」と全家連の解散

「ハートピアきつれ川」は、全家連(2007年に破産解散)が1996年にオープンした施設だ。温泉がある保養所部門と障害者の授産施設部門があり、県内外の障害者が入所し、トレーニングをしつつ、意欲や力が高まればホテル部門で働くという道を開いていた。

ぼくは、オープンから3年目、そのホテルに泊まり、働いている人たちから話を聞いたことがある。現場の人の熱意や工夫に共感しつつ、現地の風景や立地を見渡すと、どうしてこんなところで宿泊施設を開いたのかと思わざるをえなかった。「ハートピアきつれ川」のオープンに、国会議員や厚生省(当時)の働きかけがあったのは周知だったが、ぼくは利権が絡んでいるとは思わなかった。それは、家族会の方々が寄付を募り、オープンに向けて一生懸命努力している姿を知っていたからだ。

 

2002年、全家連が、ハートピアきつれ川の運営費に、補助金や助成金を流用していると、読売新聞が報じた。ぼくは、同施設の立地の選定、ホテルという事業の選択に無理があったのではないかと思うようになった。それからの経緯をよく知らない。ぼく自身の経過はたいへんになったからだ。

 

2003年、サンネットは県内18番目の精神障害者地域生活支援センターになるはずが、厚生労働省の突然不採択。厚労省は、全国的に新規施設をほとんど認めなかった。「鳥インフルエンザで厚労省の予算を使ったあおり」とか「施設運営の予算が義務的経費になっていないシステムの問題」などといわれた。2004年、なんとかぼくたちの独自性を認めてもらい、復活採択にならないかと、たくさんの集いを企画した。その年の秋になると厚生労働省の「新しいグラウンドデザイン」が出てきた。それが、障害者自立支援法の幕開けだった。

考えてみると2003年不採択はそのプレイベントだったと思う。サンネットは、自立支援法の動きと内部の問題に翻弄されながら、やがて2007年自立支援法の事業開始にたどり着いた。

 

その2007年、全家連の破産のニュースは驚きだった。全国センターの機能をもち、歴史ある精神保健福祉のNPO。流用事件の返済金に追われているとはいえ、解散はありえないと思い込んでいた。「きょうされん」(障害者の作業所を中心にした全国組織)は「11億円の負債をチャラにする偽装解散」と非難した。そうかもしれないが、そうであったにしても仕方がない「わけ」があるに違いないと思っていた。

 

■ダイレクトメール(DM)事件

2002年から2007年、全家連の返済と不採算の「ハートピアきつれ川」という二つの赤字は、厚労省にとっても大きな問題だったに違いない。破産は、厚労省の合意があっての結末だったのだろう。

厚労省は、もう一方で、2003年から2006年、障害者自立支援法の制定、施行に大きな労力を注いでいた。こちらのほうがはるかに大きな課題だった。

 

今年の春から初夏にかけて、障害者団体向けの割引郵便制度を悪用したダイレクトメール事件が報道された。これは、厚労省が、障害者団体を第三種郵便の資格を有する活動実態であることを証明し、証明された団体が郵便事業会社から認可を受けると、120円の通常料金が8円程度になるという制度を悪用したものだった。何十万通、何十億円もの不正をはたらいたといわれている。

この事件は、2004年(平成16年)、厚労省係長が証明書を偽造したことが発端である。当時、厚労省は、障害者自立支援法の成立に向けて走っていた。そこに民主党の国会議員が、厚労省障害保健福祉部長に証明書の発行依頼したため、与党・野党問わずコンタクトを保ちたい厚労省が、企画課長・企画調整係長に証明書の偽造を押し付けたものらしい。

 

証明をえて、東京都の障害者団体と大阪の広告会社がダイレクトメールを展開。福岡の広告代理店、石川県の印刷会社も共同し、福岡県の大手家電販売店などが顧客となる。広域な関係、大量のダイレクトメールを発送し、多額な金が動いたのであろう

 

この事件について厚労省を捜査しているなかで、不明朗な金の動きがあり、全精社協の事件が浮かび上がったという。どのようにつながっているのか。何を意味しているのだろうか。

 

① DM事件(障害者団体・広告会社)/公文書偽造(厚労省)/民主党/2004年

② 全精社協横領事件(障害者団体)/ハートピアきつれ川・全家連の解散/自民党/2007年

 

■失われたリング

DM事件と全精社協横領事件は、事件の発端が3年ずれている。自立支援法が動き出した時期と、着陸した時期。DM事件ではなぜ、厚労省担当は偽造までしなければならなかったのか。全精社協横領事件では、なぜ、押し付けられた不採算の事業のために、裏金を作らなければならなかったか。「政官界工作」に要したとの報道もあるが、自立支援法に移行する現在、全精社協が政官界工作に費やさなければならない理由は見当たらない。二つの事件はどのように、なぜつながっているのか…?

 

二つの事件の間には、まだ見えていない幾つかのリングがあるに違いない。そして、それは全貌を現さないかもしれない。不当に金を得るため、自分のために動いた権力ある人間は表に出ないままかもしれない。

このできごとから私たちは何を汲み取るべきだろうか。犯人探しをして、団体などへのレッテル付けですむ問題はないと思う。それに、金が目的で動いた人は少ないかもしれない。福祉関係者の多くは、野心的な人物や集団に弱いところがある。ある小さなことがきっかけになり、次々と手を染めていったのかもしれない。

金と権力は遠い存在ではない。私たちが金と権力は求めてもなかなか近づいてこないが、それを手に入れている側は、あらゆるところに手を延ばす。私たちには金や権力と向き合う価値が必要だ。

そのようなことを考えながら、事件の行方をしばらく見守りたい。

2009年9月12日

満ち潮

Filed under: つぶやき — toshio @ 4:03 PM
公園のきのこ

公園のきのこ

松丘保養園に入所していた天地聖一さんを訪ねたのは、2000年10月。天地さんの個室で、療養所の昔話を聞かせていただいたことがある。

天地さんは、岩手県境の町で生まれたが、ハンセン病で17歳のときに強制入所。以来、半世紀を療養所で暮らしていた。

天地さんは当時67歳。あとで知るのだが、大きな肝臓腫瘍と闘っていた。後世に思いを伝えるつもりで、語ってくれていたに違いないが、ぼくはそうとは知らなかった。

 

そのときの話の一つ。

いまのアスパム(青森県観光物産館)が立つずっと以前、店主が在日朝鮮人だった飲み屋があった。その飲み屋が天地さんの行きつけだった。

ハンセン病の後遺症のために指がなく、また歯も悪い天地さん。飲み屋の主人は、つまみを食べやすいように小さく切り、あまり熱くないようにと、いろいろ気遣ってくれた。

あるとき、草津のハンセン病患者で、文学の友人が青森にやってきた。二人はその飲み屋で楽しい時間を過ごす。

さて帰ろうとなり、では、港をバックにいっしょに写真を撮ろう、となる。女性店員に、シャッターを押してくれないかと頼む。気持ちよく応じてくれた若い女性に、今度はいっしょに写ってくれないかと頼む。そして写真を撮った…。

 

その話は急に終わった。と、ぼくは思った。

フラッシュに浮かぶ笑顔の3人のうしろは夜に沈む港、ストップモーションは一葉の写真になり、画面から遠ざかる…。

 

天地さんはその年の暮れ、『満ち潮――ハンセン病療園の半世紀』を自費出版。

ぼくはその本を読む。さらに何年かし、天地さんが言いたいことがわかった気がした。

 

天地さんには後遺症があった。手の指がかなりなかったし、相貌はそれとわかった。口もくぐりがちだった。若いときに負った後遺症だから、身をよじるような日々を過ごしたに違いない。

若い日々は去り、中年になり、そしていつの頃か、飲み屋のエピソードがあった。

若い女性は自分の美しさに気づかず、男たちの相貌を気にもせずに、同じ写真におさまった。

この世の出来事でありながら、この世のものでない。場末のエピソードであって、どんな日常でもない。

 

彼は詩を書く。「蕪島で」という詩に、少女が出てくる。蕪島は故郷の近くである。

 

  …少女は白い汚れの点在する階段を昇り

  神社で厳粛な合掌をしたのち

  求めた視線は未来をのぞむ

  青春の大志が漂う 羽音の群れと共に…

 

  …潮風に 髪の乱れを押さえながら

  白い波頭に砕け散る岩間に佇み

  二羽のゴメの横で 少女は

  カメラのレンズの中で 微笑んだ

  シャッターの微かな音がして

  カメラから目をそらしたら少女の姿はない…

 

故郷、海、カモメ。神社、エロス、カメラ。

強制隔離と病苦の半世紀のはて、彼は、何かをしっかり見つめていた。

ぼくにはそう思える。

 

(行政、国会、司法の責任を問うた国家賠償訴訟。天地さんは原告の一人だった。2001年の熊本地裁判決は原告勝利。小泉首相の控訴断念により、確定した。裁判の確定により受け取った慰謝料を、天地さんは青森県社会福祉協議会に寄付した。)

2009年9月7日

イワハイルカの信頼

Filed under: つぶやき — toshio @ 12:52 PM
秋近し

秋近し

かつて、ハワイの海洋研究所で、一頭のイワハイルカ(メス)の一般公開ショーからヒントを得たある実験が試みられた。

イルカにはあらかじめ、調教師の笛が鳴れば餌がもらえる、そして笛が鳴った時に自分がしていたことを後でまたやれば、再び笛が鳴って餌がもらえる、と教え込んでいた。

調教師役の実験者はこうするのである。「彼女(イルカ)が水槽に入ります。私は彼女の動きを観察し、もう一度やってもらいたい動作を勝手に選んで、それを行った時に笛を鳴らして餌をあげます」。イルカは何らかの動作をし、餌を与えられ、繰り返され、条件付けは強化される。

こうして、イルカの彼女は、〈何らかの動作―餌をもらう〉という自らの動作を、〈笛―水槽―調教師〉という外界とつなぎ合わせ、一つのパターン(単純なレベルのいくつかの規則)を習得するのである。動作と外界のつながりのセットを、コンテキスト(context:文脈・背景)という。

彼女が作り上げたパターンは一回のショー、一つのエピソードしか通用しない。二回目のショーでは、調教師は一回目と違った動作を選ぶ。イルカは水槽に登場するや前回のしぐさをまたやってみるが、今度は笛が鳴らない。調教師はイルカが顕著な動作をするのを待つ。たとえば尾ビレで水槽を打ったとする。そして、それを調教師が新しい動作と認め、餌をあげれば、今度はこの動作が強化され、イルカはこれを繰り返す。

しかし三度目のショーでは、尾ビレで水槽を叩いても報酬は得られない。こんなことを繰り返すうちにイルカは、水槽にでてくる度に、何か違った新しい動作をすればよいことに気づく。それは、いくつものコンテキストをつなぎ合わせる、より大きなコンテキストに対処する方法を学習したとういうことである。このための実験である。

実験では一回のショーの所要時間を10分から20分とした。実験のスケジュールやルールは厳密に定めた。そして実験が始まり、イルカの彼女は、すぐ前の回に、たまたま魚にありつけた動作を次もやってみるという不毛な繰り返しを十四回続けた。

ところが十四回目と十五回目の間の休憩時間に、彼女は非常にうれしそうな様子を体で示した。十五回目が始まるや、いきなり八つの演技を入念にやってみせたのである。そのうち四つはこの種のイルカでは観察されたことのないものだった。イルカの彼女は論理間のギャップをみごと飛び越えたのである。

 

これはグレゴリー・ベイトソン『精神と自然――生きた世界の認識論』(1979年。佐藤良明訳、1983年、思索社、P165―167)からの文章である。

ベイトソンが関心を寄せているのは、動作と外界のつながり方、コンテキストとは一様なものではないということだ。あるコンテキストを含んだ、より高次の、大きなコンテキストがあり、それはいくつも重なり合っているという認識の仕方である。論理世界が階梯(階段やはしご状)に積みあがっている世界像を描いている。

 

イルカになった気分で考えてみよう。

「私」の動作は、私の何らかの選択によって行っている。しかし、選択は独立しているわけではない。「調教師」と「笛」は私の動作を選択しているのだから。

さて、新しい動作を望んでいる調教師は、私のコンテキストの中に「ない」ものを望んでいるのである。私にはそれは知りえないし、見えないものであるから、選択することはできない。偶然、私が何かした、その動作を調教師が気に入って、餌をくれる。気に入ったことはわかるし、そうなればその動作を選択できる。しかし、毎回違う動作でなければならないが、その意図は何か。いつか、まったく違う動作ができなくなり、そうすれば餌はもらえない。やがて、飢え死にさせようと調教師は考えているのだろうか…。

 

ベイトソンはこのように述べている。

実験は、調教師の判断で何度もルールを破らなければならなかった。「自信をもって行った動作が誤っていたという事実はイルカにとって大きなショックであるため、イルカと調教師の関係(コンテキストのコンテキストのコンテキスト)を保つためには、ルール上得る必要のない、不労所得としての魚を与えなければならなかったのである。」(P167)

 

真に新しいこと、それは社会や集団レベルばかりでなく、個人レベルでも、それが新しいかどうかもわからない。目の前にある、使い古したコンテキストによって判断することはができないからだ。新しいことを知った時は、新しいコンテキスト(コンテキストのコンテキスト)を生み出したということだ。コンテキストのコンテキストが生まれる前に、ベイトソンは、すでにコンテキストのコンテキストのコンテキスト=信頼関係があったと言っている。ぼくはそう思う。

おそらく、既に存在しているコンテキスト内で「選択」する場合、信頼関係は必要ない。しかし、新しいコンテキストを生み出す場合(新しいことをする時)、信頼関係が必要になる。つまり、「選択」と創造は、別の次元のことである。そして信頼とは、形を持たないあやふやで、あてにならないものではなく、世界とのつながりを指示し、形を生み出す堅固な実体なのだ。

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